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揚州市(中華人民共和国)

更新日:2020年4月10日更新 印刷ページ表示

揚州市の基本情報

揚州市地図

  • 提携年月日 平成22年(2010年)5月23日
  • 人口 4,590,000人(令和2年4月現在)
  • 面積 6,591km2
  • 日本との時差 -1時間
  • 【参考】揚州市のホームページ<外部リンク><外部リンク>#(中国語、英語)

揚州市の概要

 昔、長安に向かった日本からの遣隋使や遣唐使が最初に上陸したところが揚州市でした。
 揚州市は、江蘇省の中部、揚子江と京杭大運河の交差点に位置し、中国で最も活気がある「揚子江デルタ」経済圏にあります。穏やかな気候に恵まれており、豊かな四季を楽しむことができます。

 また、揚州市は中国優秀観光都市であり、観光資源に恵まれています。美しい江川風景、清時代から残る数多くの庭園屋敷、明・清時代の古城、中国十大名所の一つである痩西湖、中国四大名園の一つである個園、鑑真和上が住職を務めた大明寺、漢代の姿が今も完璧に保存されている「黄腸題凑」式の王陵広陵苑、中国唯一の彫版印刷博物館など、数多くの名所があります。

 
市の木 柳の木 市の花 琼花(ケイカ)
柳の木の写真 琼花の写真 

おもな名所

 中国の大運河と共に成長してきた揚州には、2500年余りにわたる築城の歴史があり、名所旧跡が多く「揚州園林甲天下」(揚州の庭園は天下に並ぶものなし)と称されています。
 人々を魅了する風景に、世界各地から観光客が続々と訪れています。

大明寺の写真

大明寺(だいめいじ)

南朝・宋の孝武帝の大明時代に建設が始まったため、大明寺と呼ばれています。仏堂、文化財庭園、教育施設等が集積した千年の歴史を持つ寺院で、国家重要文化財指定史跡かつ国家4A級観光地となっています。
境内には鑑真記念堂、平山堂、栖霊堂、西園などの名勝があります。

痩西湖の写真

痩西湖(そうせいこ)
痩西湖は、国家クラス風景名所エリアで、南方の優美さと北方の壮大さを融合した独特の美しさを有しています。隋・唐の時代より、観光エリア内では次々に庭園が建築され、清の最盛期まで続きました。「長堤春柳」というしだれ柳の道や、釣魚台、五亭橋、白塔、二十四橋等に接すると、まるで長編の山水絵巻を見るような感覚になります。

個園の写真

個園(こえん)
国家重要文化財指定史跡かつ国家4A級観光地であり、中国四大庭園の一つです。明の時代に建てられ、清の嘉慶時代に建て直されました。庭園の主人が竹好きであったため、清の詩人の名句「月映竹成千个字(月が竹を映して千字もなす)」から、「竹」という字の半分である「个」を用いて個園と名付けました。(「个」は「個」の略字です。)竹と石が多く使用されているのが特徴の庭園です。

伝統工芸・グルメ

 揚州市は、長い歴史を持ち、隆盛なる文化を誇っています。揚州漆器や彫刻印刷などは、中国無形文化財に指定されています。
 また、揚州市は、中国四大料理の一つである江蘇料理の淮揚州料理発祥の地であり、飲食文化の歴史は非常に長いです。
揚州漆器の写真

揚州漆器
商周時代から明清時代にかけて中国漆器は発展を続け、北京市・江蘇省・揚州・上海市・重慶市・福建省などの漆器が有名で、地方によって異なる特色を持っています。北京の堆朱(ついしゅ)は、漆を厚く塗った器に彫刻をほどこしています。揚州の漆器は表面に貝殻を埋め込んで、螺鈿細工を施しているため非常に美しいです。福建省の脱胎漆器は軽く色彩豊かで、湿度や腐食に強いです。
この三つの漆器が中国の伝統的な工芸の「三宝」といわれます。  

揚州玉器の写真

揚州玉器
平成16年(2004年)に彫刻が完成した後、この作品は第5回中国芸術工芸マスターズ博覧会で特別賞を受賞し、上海万博でも展示されると、江蘇パビリオンで最も人気のある展示物の1つになりました。

揚州炒飯の写真 揚州炒飯
ルーツとしては、隋代の献立表「謝諷食経」に「越国食砕金飯」という記述があります。これは「越国(浙江)では砕金飯(金のかけらのような飯)を食べる」という意味で、揚州の蛋炒飯(卵チャーハン)の前身ともいわれています。隋の時代に今日のようなチャーハンがあったかどうか定かではありませんが、その後「砕金飯」は揚州に伝わり、改良され副材料も増え、今日のような揚州炒飯になったとも言われています。
カニみそ獅子頭の写真

カニみそ獅子頭
「獅子頭」とは「大きな肉団子」のことで、揚州市で古くから伝わる料理の1つです。土鍋に入った肉団子が獅子の頭に見えたことから、この名が付いたと言われています。言い伝えによると、獅子頭の誕生は、隋の 煬帝と関係があるということです。

提携の経緯

 揚州市は、奈良時代に仏教戒律や薬学などの大陸文化を日本に伝え、奈良の地に唐招提寺を創建した鑑真和上の故郷です。鑑真和上は揚州大明寺の住職を務めていました。
 この鑑真和上のご縁により平成14年(2002年)から奈良市と揚州市は友好的な交流を進めてきました。平城遷都1300年となる平成22年(2010年)2月に、仲川げん奈良市長を団長とする友好代表団が揚州市を訪問し、「友好都市締結の覚書」を交わしました。そして同年5月23日に、なら100年会館において、両市は正式に友好都市提携の調印式を行い、経済、文化、観光、人材、スポーツなどの分野で交流を行うことに合意しました。

最近の主な交流内容

 友好都市提携締結後は、友好代表団の相互訪問、唐招提寺と揚州大明寺の交流等が行われています。


平成29年(2017年)

 8月

  • 揚州市政治協商会議一行が両市の相互理解及び友好交流増進を図るため来寧する。

 10月

  • 揚州市人民政府一行が唐招提寺を訪問するために来寧する。

平成30年(2018年)

 4月

  • 揚州市交流団一行が奈良市役所を訪問する。

令和元年(2019年)

 5月

  • 揚州市訪問団一行が懇談のため来寧する。
  • 揚州市人民政府一行が来寧、仲川奈良市長を表敬訪問する。

令和2年5月に友好都市提携10周年を迎えます。

 奈良市・揚州市友好都市提携10周年記念

揚州市 紹介動画

 揚州市は、観光資源に恵まれた中国を代表する観光都市の1つです。揚州市の美しい風景をお楽しみください。

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