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西安市は陝西省の省都で、中国中西部の中心都市です。近年は機械産業やバイオテクノロジー産業などの先端技術産業の拠点がおかれるようになり、世界的な注目を集めています。
また西安市は、かつて「長安」と呼ばれていました。長安は世界有数の大都会であり、政治・経済・文化の中心として栄えました。平城京の設計や配置にも大きな影響を与えました。
長安が最大の繁栄を迎えた唐の時代(618年~907年)、日本から遣唐使が派遣され、日本の政治・文化・宗教などに大きな影響をもたらしました。唐で学んだ人物としては、吉備真備や山上憶良、阿倍仲麻呂、空海(弘法大師)などが有名です。
長安は唐末の戦乱によって破壊され、その繁栄は終わりますが、中国内陸部の地方都市として発展し、明代に「西安」と改名されました。
現在の西安市は、中国内陸部の経済の中心として、非常に重要な地位を占めています。
秦の始皇帝陵と兵馬俑
1987年、「Mausoleum of the First Qin Emperor(秦の始皇帝陵)」として世界遺産に登録されました。1974年、村民が秦の始皇帝陵から東に1.5キロメートルのところに井戸を掘っていたところ、兵馬俑を発見しました。秦の兵馬俑はその大きさだけでなく、造形が正確で、制作技術も高いと言われています。
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大雁塔
大雁塔は中国仏教名塔のひとつであり、古都西安のシンボルとされています。 唐永徽3年(652年)、玄奘三蔵がシルクロードを経由し、長安に持ち帰った仏舎利と経典を保存するために造られました。塔は7層で、高さは64.5メートルあり、塔内にある階段を登って、一番上から西安市内を見渡すことができます。
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西安城壁 |
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鐘楼
西安市の中心部にあり、中国古代から現存する鐘楼の中で最も大きく、保存状態の良い鐘楼です。高さは36メートルあり、鐘楼を中心に東西南北の4方向に大通りができています。鐘楼は何層にも重なった廂と升組みが特徴的で、非常に華麗で荘厳です。
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※写真は西安市より提供
唐三彩
唐三彩は繁栄した唐王朝を象徴するものです。正式名称を「唐代三彩釉陶器」と言い、釉薬(うわぐすり)の色は黄色、緑、白、茶色、青、黒などで、主な色は黄色、緑、白の3色です。器形には盤、水瓶、壺のほか、人物やらくだ、馬などを表わしたものがあり、多くは墓に副葬するものとして作られました。
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秦腔(しんこう)
秦腔とは主に西安地方で有名な中国の地方劇で、国の無形文化遺産となっています。そのパフォーマンスは高く評価されており、多くのファンを魅了しています。
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羊肉泡饃(ヤンロウパオモー) |
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肉夾饃(ロージャーモー)
西安市の伝統的な料理のひとつです。「饃」に煮込んだ肉が挟んである中華風バーガーで、カリッとした「饃」と肉の相性が抜群です。 |
※写真は西安市より提供
奈良市と西安市はかつて、日中両国の首都として深い絆で結ばれていました。
この歴史的な因縁によって、昭和44年(1969年)3月に奈良市から西安市革命委員会主任(市長)あてに友好都市提携を提案した親書を送付しました。以後数回にわたり書簡、要請書等を送付しました。
その後、昭和47年(1972年)10月に中日備忘録貿易弁事処首席代表肖向前氏が奈良訪問の際、同氏に奈良・西安両市の友好都市提携促進方を提出して、早期実現を依頼しました。
昭和48年(1973年)9月、奈良市助役が訪中し、西安市革命委員会孫長興主任ら代表者と両市の提携について協議を行った結果、双方が同意し、昭和49年(1974年)1月27日、西安市革命委員会の招請により、奈良市長を団長とする奈良市訪中友好代表団が西安市を訪れ、2月1日に西安市革命委員会講堂で友好都市宣言式を行いました。
友好都市提携後は、たがいに友好姉妹都市関係を結んでいる奈良・慶州・西安の三市親善体育大会などのスポーツ交流や児童生徒の教育交流、友好代表団の相互訪問など様々な分野で交流を行っています。
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