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太宰府市(福岡県)

更新日:2019年11月7日更新 印刷ページ表示

提携年月日2002年(平成14年)6月27日

大宰府政庁跡

大宰府政庁跡の画像

太宰府市章

太宰府市章の画像

太宰府天満宮

太宰府天満宮の画像

太宰府市の基本情報

  • 人口 71,598人(平成31年3月31日現在)
  • 面積 29.60km2
  • おもな行事
    うそ替え・鬼すべ(1月)、曲水の宴(3月)、十六詣り(4月)、護摩たき(5月)、夏祭り(7月)、神幸式(9月)、秋思祭(10月)
  • おもな名所・旧跡
    太宰府天満宮、九州国立博物館、大宰府政庁跡、観世音寺、戒壇院、水城跡、光明禅寺、筑前国分寺跡、般若寺跡等
  • おもな特産品・名物
    木うそ、梅ヶ枝餅等
  • 太宰府市役所
    ホームページ:ホーム(総合トップ)/太宰府市<外部リンク>

太宰府市の概要

 太宰府市は福岡県中部に位置しています。奈良時代、当時の太宰府市には、九州全体を治める「大宰府」という役所が置かれ、九州地方の政治、経済、外交の要をなし、役所としての「大宰府」が機能を停止した後もその権威は生き続けました。
 今もその歴史をしのばせる大宰府跡(国の特別史跡)、水城跡、観世音寺、太宰府天満宮など数多くの史跡が残されています。
 戦後、太宰府市は福岡都市圏の膨張、大規模開発による住宅化の進行、大学の立地、交通網の整備などにより人口が急増し、昭和57年(1982年)に市制を施行しました。
 文化面では、東京、京都、奈良に次いで全国で4番目となる「国立博物館」が平成17年(2005年)に開館されました。

奈良と太宰府の交流

 奈良時代の太宰府市は、朝廷の九州統治と外交の任にあたる官庁「大宰府」が設置されたことで、遠の朝廷(とおのみかど)と呼ばれるなど、九州の政治・経済・文化の中心として栄え、そこを窓口として多くの大陸文化が平城京にもたらされました。
 また、天下の三戒壇の一つが、天平宝字5年(761年)に観世音寺に創建され、また、総国分寺としての東大寺に対して、筑前国分寺が建立されています。
 このように、歴史的に縁が深い両市は、太宰府市の市制20周年に当たる平成14年(2002年)に奈良市で開催された「第11回東大寺サミット」会期中の6月27日に友好都市提携をしました。

「大宰府」と「太宰府」のちがい

 一般的に、「太宰府市」や「太宰府天満宮」のように現在の地名などには「太」を使い、歴史的なものには「大」を使っています。
「大宰府」は、古代律令制下(奈良・平安時代)において、特に九州の位置的重要性を考え置かれた役所で、平安時代には、和名では「オオイミコトモチノツカサ」と読ませています。
これは、「天皇の命をうけて政治をする役所」という意味で、この場合「大宰府」という点のない字をあてます。しかし、点を付けたものが歴史的に間違いだったかというと一概にそうとも言えません。
「ダザイフ」に点を入れることは、平安時代の古文書に既にみられ、中世文書では時代が経過するに従い「太」を使っているものの方が「大」のものよりも多くなり、近世に至ってはそのほとんどが「太宰府」となっています。
「太」と「大」の使い分けは、定まった学説というほどのものではなく、便宜上歴史的に律令政治機構の役所を指す場合は「大宰府」を使っています。