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木造大黒天坐像

更新日:2021年1月27日更新 印刷ページ表示

 西大寺の大黒堂に安置されています。左足を踏み下げて坐る姿で、古式の大黒天の伝統を踏襲していますが、顔立ちはふくよかで温厚であり、近世の大黒天の表情に通じるところがあります。塊量感に富み、衣文も大ぶりで、個性的な表現をしています。
 銘文があり、永正元年(1504)、仙算(せんさん)と七郎太郎(しちろうたろう)の作とわかります。仙算は出家して海竜王寺地蔵院に住み、西大寺大壇、白毫寺太山王坐像・司録半跏像(重文)、西大寺釈迦如来立像光背(重文)を修理したほか、永正4年(1507)に東大寺(旧龍福寺)十一面観音立像、同11年に西大寺地蔵菩薩立像を作ったことも知られています。「木寄番匠」(きよせばんしょう)と銘記される七郎太郎は、上述の太山王坐像と十一面観音立像の銘にも名を連ねていて、用材の木取りや荒彫りといった助手的役割を担ったと考えられます。
 15世紀後半~16世紀前半の南都の造仏には、仙算や、天文7年(1538)に長谷寺本尊像再興を統率した東大寺大法師実清(1484-1555)のように、仏像制作に長じた僧が大きな役割を果たしました。また、彼らのもとで、七郎太郎ら、今の宿院町(奈良女子大学南側)に住んだ番匠が彫刻技術を習得しながら代を重ね、天文年間(1532-54)の半ばごろ、宿院仏師(しゅくいんぶっし)として自立するに至ります。仙算はこうした潮流の下地を形成しました。本像はその早期の作例で、南都の室町時代の造仏活動を知る上で歴史上価値の高い仏像です。

木造大黒天坐像(写真提供:奈良国立博物館 撮影:森村欣司)

 
件名 木造大黒天坐像
かな もくぞうだいこくてんざぞう
数量 1躯
指定(分類) 奈良市指定文化財(彫刻)
指定日 平成22年3月4日
所在地・所有者 奈良市西大寺芝町一丁目1-5 西大寺
小学校区 伏見
形状等 像高64.2cm
頭部内墨書「勧進比丘/当寺四室/住侶宣春房/[ ]尊/〔梵字(光明真言、大日真言、金剛界五仏の種子等)〕/永正元年甲子十一月日/海龍王寺/地蔵院住/仙算」
像底墨書「角寺於地蔵院/于時永正元年甲子十一月朔日彫刻刀始/同十二月朔日首尾三十ケ日造畢/作者南都海龍王寺地蔵院住仙算 生五十一歳 法三十三夏/木寄番匠奈良宿院七郎太郎 生年五十一/勧進比丘西大寺四室住侶宣春房/住持長老高仲大徳通圓上人/右無始已来師長父母乃至三界六道流轉/衆生同證佛果而已/同十二月一日西大寺仁奉移遣也」
([ ]は判読不能文字、/は改行を表す)
備考 室町時代