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蛇行剣特別公開

更新日:2024年3月26日更新 印刷ページ表示

富雄丸山古墳出土蛇行剣の共同調査研究成果と特別公開

はじめに

昨年度に実施した富雄丸山古墳範囲確認発掘調査(第6次調査)で造り出し上段にある粘土槨から長大な蛇行剣1本が鼉龍文盾形銅鏡1面とともに出土しました。その資料の重要性から直ちに奈良県立橿原考古学研究所と奈良市教育委員会が共同調査に関する協定書を締結し、取上げ後すぐに同研究所へ搬入して科学的調査と応急的な保存処置を行ってきました。そして、取上げ時の表面において応急処置と分析が概ね終了した段階で令和5年6月27日に報道機関へ公開し、全国的に大きな話題となりました。

その後、裏面の応急処置と分析を継続して行い、把や鞘の構造が判明するなど多くの成果を得ることができました。その作業が概ね終了いたしましたので、保存処理作業へ移行する前にその成果を公表するとともに、期間限定で蛇行剣を特別公開いたします。

蛇行剣の概要

蛇行剣は全長237センチメートル・刃部長216センチメートル・刃部幅6センチメートル・茎長21センチメートルの長大な鉄剣で、刃部が6回屈曲して蛇行しています。これが副葬された4世紀以前の時期においては、世界的にも出土例のない長大な鉄剣です。この蛇行剣には、これまで例のない構造の把や鞘を装着していたことが判明いたしました。把を装着した際の蛇行剣全長は254センチメートル、それに鞘を装着した際の全長は285センチメートルにもなります。

把は全長38センチメートル前後に復元でき、布や組紐などを巻く把間(手で握る部分)以外は全面に黒漆が塗られています。大きな楔形把頭が特徴的で、その表面や側面に文様がみえます。把全体が一木で作り出されているようです。剣特有の把縁突起が認められる一方、把頭は刀特有の楔形となっています。楔形把頭は古墳時代中期(4世紀末)以降にあらわれると考えられており、最古の楔形把頭が剣で確認されたことは驚きです。 

鞘は全長248センチメートルに復元でき、広葉樹でつくられています。鞘口と鞘尻は黒漆塗で文様があります。鞘尻には長さ18.5センチメートルの細長い石突(鐓)がついています。石突は把を上にして刀剣を立て置いた時に直接地面に鞘尻が触れて壊れないよう保護するためのものですが、このような形状の石突は全く例がなく、古墳時代の刀剣の鞘で確認できたのは初めてです。

蛇行剣の共同調査研究の意義

剣と刀のデザインを併せ持つハイブリッド的構造の把と石突のある鞘は他に例がなく、東アジア最大の蛇行剣の特異な全体像を明らかにすることができました。中期以降に盛行する刀装具と剣装具はこのようなものから分化していく可能性が考えられます。古墳時代の刀剣装具の系譜を考えるうえで、極めて重要な新資料が得られました。

そして、室内での長期間にわたる丁寧なクリーニングと分析によって、このような未知の剣装具の存在を明らかにすることができました。古墳の調査を行う際には、出土遺物に対する十分な保存科学的検討と分析が必要であることを改めて認識しました。

蛇行剣の特別公開

多くの公開要望をいただいている富雄丸山古墳出土の蛇行剣を、橿原考古学研究所附属博物館で3月30日(土曜日)~4月7日(日曜日)の期間、特別公開いたします。

【3/30~4/7開催】富雄丸山古墳出土蛇行剣の特別公開

参考資料

古墳時代中期の鉄刀と鉄剣における把装具の違い(兵庫県茶すり山古墳)

富雄丸山古墳出土蛇行剣概念図

蛇行剣の応急的な保存科学的処置の経過

令和5年(2023年)

  • 6月27日
    天面の報道発表
  • 7月5日
    天地反転に向けた準備(土壌強化テスト等)開始
    蛇行剣周辺の土壌を強化するための方法を検討
  • 7月13日
    天面最終観察:最終的な詳細観察を実施
  • 7月13日
    天面土壌強化開始
    反転後に強化樹脂等の除去が必要になるため、アクリル樹脂を使用し土壌強化
  • 7月27・28日
    蛇行剣天面の最終的な三次元計測
  • 8月1日
    蛇行剣(天面)強化処置:脆弱部強化
    反転に向け、蛇行剣本体をアクリル樹脂により強化
  • 8月2日~18日
    蛇行剣(天面)表面の養生 および 隙間や亀裂の補強
    [反転準備作業(7月5日~8月18日)17日]
  • 8月18日~24日 
    天地反転のため蛇行剣を発泡ウレタン等により再梱包
  • 8月25日
    天地反転実施
  • 8月30日~10月10日
    室内発掘開始
    [室内発掘作業(8月30日~10月10日)13日]
  • 10月11日~11月7日 
    クリーニング(把部分)
    竹串・有柄針・ピンセット・メス等を使用し、土やサビを取り除く
  • 11月8日~12月7日
    クリーニング(剣身部分)
    (12月7日 剣先出現)
  • 12月7日~12月20日
    クリーニング(鞘尻~石突部分)
  • 12月26日~
    把頭の細部クリーニング
  • 12月27日
    把頭の端部検出

令和6年(2024年)

  • 2月19日・20日
    織物痕跡部分の記録等
  • 3月13日
    クリーニングおよび記録作業
     [クリーニング作業(2023年10月11日~2024年3月13日)48日 ]

応急的な保存科学的処置の内容

橿考研本棟作業室での作業内容は以下の通りです。なお、本棟作業室での裏面のクリーニング作業の実働数は、のべ78日を要しました。​

  1. 土壌強化方法検討
  2. アクリル樹脂を用いた土壌強化
  3. 蛇行剣本体の強化・養生(表打ち)
  4. 発泡ウレタンによる再梱包
  5. 天地反転作業
  6. 室内での発掘作業
  7. クリーニングを実施(漆膜の検出、赤色顔料・繊維痕跡の確認等)
  8. クリーニング後に全体観察、表面状態や付着物の記録、写真撮影、三次元形状計測

これまでに確認できた知見

  1. 鞘の木材はホオノキ(註1,2)であることを確認しました。
  2. 鞘材は表面に柾目が見えるよう木取りしていた可能性があります。
  3. 楔形把頭・把縁突起・鞘口・鞘尻に漆を伴う装具をほぼ完全な形で確認することができました。
  4. 天面同様赤色顔料(朱)を確認しました。
  5. 把間で繊維が細く密な組織を持つ木材痕跡を確認しました。鞘材とは異なる木材と推定されます(樹種は今後調査予定)。
  6. 中央付近にわずかに織物痕跡を確認しました。

特記事項

漆膜の検出は、顕微鏡下において有柄針等で漆膜と接する土を除去する作業が主でした。
今回の作業において漆膜とそれに接する土では、緻密な膜状の漆膜に粒子状の土が接することにより両者間に粗密の境界が生じていた結果、それぞれが解離しやすくなったと考えられます。
有柄針等によって作業できる土は0.5~2ミリメートル程度の範囲の土でした。この程度の土の量は顕微鏡下では十分な視野を確保できるため、容易に作業できる量でした。
しかし、肉眼ではこの土の量での作業は難しく、作業できたとしてもそれが「どのような状況にあった土か」、「何か混入していないか」を判断することは難しく、単に土を取り除いただけになってしまった可能性があります。
今回これほどまでに広い範囲で漆膜が検出できたのは、漆膜の遺存状況が良かった点も挙げられますが、屋内の作業室において顕微鏡下で緻密な観察を行いながら丁寧な作業が実施された結果と言えます。おそらくは発掘現場では困難な作業であったと考えられます。
本例は出土品を室内で緻密に発掘した好例として考えることができます。発掘調査の条件や出土品の種類と出土状況等によっては、出土品の取り上げ方法について、発掘現場だけで判断するのではなく、室内に持ち帰り顕微鏡等を利用してわずかな痕跡にも注視し、見逃さない取り組みもきわめて有効であろうと考えられます。

《参考》作業内容と使用機材について(下線部は裏面作業で新たに利用した機材など)

  • クリーニング:出土品の表面に付着する土壌やサビを除去する【手術用顕微鏡、実体顕微鏡、グラインダー(切削・研磨装置)】
  • 付着物の科学分析:処置の的確性や以後の工程を検討するため土壌や出土品に伴う素材調査を実施。材料と構造を見極めることにより製品としての評価にもつながる【非破壊X線回折分析装置、携帯型蛍光X線分析装置、顕微および光音響赤外分光分析装置、高分解能卓上型 3D X線顕微鏡】
  • クリーニング後の記録:形状や付着物の情報を記録【高精細非接触三次元デジタイザ、ミラーレス一眼デジタルカメラ、手術用顕微鏡、実体顕微鏡、デジタルマイクロスコープ】
  • 各作業段階での室内環境維持【空気質清浄化装置】

註1
非破壊的分析。同定は奈良県立橿原考古学研究所共同研究員福田さよ子氏による。
註2
試料計測および画像取得には、ブルカージャパン(株)の協力を得た。

天面クリーニング終了(2023年6月)写真
▲天面クリーニング終了(2023年6月)

発泡ウレタン流し込み用木枠製作写真
▲発泡ウレタン流し込み用木枠製作(2024年8月23日)

反転に向け発泡ウレタン梱包完了(2023年8月24日)写真
▲反転に向け発泡ウレタン梱包完了(2023年8月24日)

発泡ウレタン流し込み(2023年8月24日)①

発泡ウレタン流し込み(2023年8月24日)②
▲発泡ウレタン流し込み(2023年8月24日)

天地反転作業開始(2023年8月25日)写真
▲天地反転作業開始(2023年8月25日)

天地反転作業45度転回写真
▲天地反転作業45度転回

天地反転(2023年8月25日)写真
▲天地反転(2023年8月25日)

反転した状態で作業台に乗せる(同上)写真
▲反転した状態で作業台に乗せる(同上)

裏面の発掘作業(2023年8月30日)写真
▲裏面の発掘作業(2023年8月30日)

裏面の発掘作業(2023年10月3日)写真
▲裏面の発掘作業(2023年10月3日)

クリーニング作業(2023年10月11日)写真
▲クリーニング作業(2023年10月11日)

クリーニング作業(2024年1月4日)写真
▲クリーニング作業(2024年1月4日)

蛇行剣裏面の織物痕跡写真
▲蛇行剣裏面の織物痕跡

蛇行剣裏面の織物痕跡(上図枠内の拡大)写真
▲上図枠内の拡大

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