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昨年度に実施した富雄丸山古墳範囲確認発掘調査(第6次調査)で造り出し上段にある粘土槨から長大な蛇行剣1本が鼉龍文盾形銅鏡1面とともに出土しました。その資料の重要性から直ちに奈良県立橿原考古学研究所と奈良市教育委員会が共同調査に関する協定書を締結し、取上げ後すぐに同研究所へ搬入して科学的調査と応急的な保存処置を行ってきました。そして、取上げ時の表面において応急処置と分析が概ね終了した段階で令和5年6月27日に報道機関へ公開し、全国的に大きな話題となりました。
その後、裏面の応急処置と分析を継続して行い、把や鞘の構造が判明するなど多くの成果を得ることができました。その作業が概ね終了いたしましたので、保存処理作業へ移行する前にその成果を公表するとともに、期間限定で蛇行剣を特別公開いたします。
蛇行剣は全長237センチメートル・刃部長216センチメートル・刃部幅6センチメートル・茎長21センチメートルの長大な鉄剣で、刃部が6回屈曲して蛇行しています。これが副葬された4世紀以前の時期においては、世界的にも出土例のない長大な鉄剣です。この蛇行剣には、これまで例のない構造の把や鞘を装着していたことが判明いたしました。把を装着した際の蛇行剣全長は254センチメートル、それに鞘を装着した際の全長は285センチメートルにもなります。
把は全長38センチメートル前後に復元でき、布や組紐などを巻く把間(手で握る部分)以外は全面に黒漆が塗られています。大きな楔形把頭が特徴的で、その表面や側面に文様がみえます。把全体が一木で作り出されているようです。剣特有の把縁突起が認められる一方、把頭は刀特有の楔形となっています。楔形把頭は古墳時代中期(4世紀末)以降にあらわれると考えられており、最古の楔形把頭が剣で確認されたことは驚きです。
鞘は全長248センチメートルに復元でき、広葉樹でつくられています。鞘口と鞘尻は黒漆塗で文様があります。鞘尻には長さ18.5センチメートルの細長い石突(鐓)がついています。石突は把を上にして刀剣を立て置いた時に直接地面に鞘尻が触れて壊れないよう保護するためのものですが、このような形状の石突は全く例がなく、古墳時代の刀剣の鞘で確認できたのは初めてです。
剣と刀のデザインを併せ持つハイブリッド的構造の把と石突のある鞘は他に例がなく、東アジア最大の蛇行剣の特異な全体像を明らかにすることができました。中期以降に盛行する刀装具と剣装具はこのようなものから分化していく可能性が考えられます。古墳時代の刀剣装具の系譜を考えるうえで、極めて重要な新資料が得られました。
そして、室内での長期間にわたる丁寧なクリーニングと分析によって、このような未知の剣装具の存在を明らかにすることができました。古墳の調査を行う際には、出土遺物に対する十分な保存科学的検討と分析が必要であることを改めて認識しました。
多くの公開要望をいただいている富雄丸山古墳出土の蛇行剣を、橿原考古学研究所附属博物館で3月30日(土曜日)~4月7日(日曜日)の期間、特別公開いたします。
橿考研本棟作業室での作業内容は以下の通りです。なお、本棟作業室での裏面のクリーニング作業の実働数は、のべ78日を要しました。
漆膜の検出は、顕微鏡下において有柄針等で漆膜と接する土を除去する作業が主でした。
今回の作業において漆膜とそれに接する土では、緻密な膜状の漆膜に粒子状の土が接することにより両者間に粗密の境界が生じていた結果、それぞれが解離しやすくなったと考えられます。
有柄針等によって作業できる土は0.5~2ミリメートル程度の範囲の土でした。この程度の土の量は顕微鏡下では十分な視野を確保できるため、容易に作業できる量でした。
しかし、肉眼ではこの土の量での作業は難しく、作業できたとしてもそれが「どのような状況にあった土か」、「何か混入していないか」を判断することは難しく、単に土を取り除いただけになってしまった可能性があります。
今回これほどまでに広い範囲で漆膜が検出できたのは、漆膜の遺存状況が良かった点も挙げられますが、屋内の作業室において顕微鏡下で緻密な観察を行いながら丁寧な作業が実施された結果と言えます。おそらくは発掘現場では困難な作業であったと考えられます。
本例は出土品を室内で緻密に発掘した好例として考えることができます。発掘調査の条件や出土品の種類と出土状況等によっては、出土品の取り上げ方法について、発掘現場だけで判断するのではなく、室内に持ち帰り顕微鏡等を利用してわずかな痕跡にも注視し、見逃さない取り組みもきわめて有効であろうと考えられます。
註1
非破壊的分析。同定は奈良県立橿原考古学研究所共同研究員福田さよ子氏による。
註2
試料計測および画像取得には、ブルカージャパン(株)の協力を得た。
▲天面クリーニング終了(2023年6月)
▲発泡ウレタン流し込み用木枠製作(2024年8月23日)
▲反転に向け発泡ウレタン梱包完了(2023年8月24日)
▲発泡ウレタン流し込み(2023年8月24日)
▲天地反転作業開始(2023年8月25日)
▲天地反転作業45度転回
▲天地反転(2023年8月25日)
▲反転した状態で作業台に乗せる(同上)
▲裏面の発掘作業(2023年8月30日)
▲裏面の発掘作業(2023年10月3日)
▲クリーニング作業(2023年10月11日)
▲クリーニング作業(2024年1月4日)
▲蛇行剣裏面の織物痕跡
▲上図枠内の拡大
【速報】日本最大の鉄剣 富雄丸山古墳出土 蛇行剣初公開<外部リンク>
日本最大の円墳 富雄丸山古墳<外部リンク>