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史料保存館企画展示 おかげまいりと奈良町

ページID:0271593 更新日:2026年10月18日更新 印刷ページ表示

 おかげまいりは、江戸時代に起きた伊勢神宮への集団参宮のことです。江戸時代、18世紀初めから19世紀初めの宝永(1704~1711)・明和(1764~1772)・文政(1818~1831)の年には200万~500万の群衆が伊勢神宮に集団で参宮しました。おかげまいりをする人には抜参り(ぬけまいり)という、着の身着のまま伊勢神宮を目指す人が多く、その道中は付近の町や村の人々の接待「施行(せぎょう)」を受けて旅を続けました。奈良町は、京都や大阪方面から伊勢を目指す人々の道筋に当たるため、奈良町で行った施行について、町記録などに残っています。
 今回の企画展示では、「おかげまいり」のもとであり、近世において広く信仰を集めた伊勢信仰と伊勢参宮を目的に結成された伊勢講の成立について紹介します。明和8年(1771)のおかげまいりの始まりとその拡大の様子、西日本から押し寄せた群衆を接待した奈良町の様子などを町記録から紹介します。
 また、当時の旅人に欠かせないものは地図や案内書でした。奈良から伊勢本宮までは片道27里、往復54里(約220km)あり、往路2泊・現地1泊・復路2泊で6日間の旅でした。伊勢参宮の行程について、江戸時代に奈良の版元が出版した伊勢参りの絵図や案内書からたどります。

期間 令和8年10月20日(火曜日)~令和8年12月20日(日曜日)
[休館]月曜日(祝日は開館)、11月4日(水曜日)、11月24日(火曜日)
時間 午前9時~午後5時(入館は午後4時30分まで)
会場・入館料 奈良市脇戸町1-1 史料保存館展示室・無料
主な展示品 ・大安寺伊勢講関係史料 江戸~昭和
・油阪町伊勢講史料 江戸時代
・般若寺町伊勢講史料 江戸時代
・井上町町中年代記 三番 江戸時代
・いせ大和まハり名所絵図道のり 嘉永2年(1849)南都大仏前絵図屋庄八板 個人蔵
・かわちや吉兵衛引札 江戸時代 個人蔵 ※拓本展示
展示解説

展示解説があります。史料保存館で期間中2回行います。申込は不要です。
10月31日(土曜日)午後1時半~
11月14日(土曜日)午後1時半~ 
約30分の予定です。

町記録を活字で読む

企画展示で展示中の町記録の候文(そうろうぶん)を読むことに挑戦します。(くずし字は読みません)申込不要、場所は史料保存館展示室です。
11月19日(木曜日)午後1時半~
12月10日(木曜日)午後1時半~ 
約1時間の予定です。各回とも最初に展示解説があります。

展示関連イベント

奈良町にぎわいの家出張展示
「タイムトラベル奈良町 
「おかげまいりと奈良町」

(申込不要)

 企画展示「おかげまいりと奈良町」展の展示期間中に、奈良町にぎわいの家で、展示に関連した史料の一部を出張展示し、史料保存館の館員が史料の解説を行います。

日時:11月28日(土曜日)午後2時~4時

解説:午後2時から約30分

会場:奈良町にぎわいの家(奈良市中新屋町5) 史料保存館から東へ徒歩5分

費用:無料  

解説付きガイドツアー 
もっと知りたい「おかげまいり」と奈良町の上街道

​なら・観光ボランティアガイドの会朱雀の案内でガイドツアーを行います。

日時:10月27日(火曜日)午後1時~4時

コース:ならまちセンター前広場集合-史料保存館(展示解説)-御霊神社-奈良町南観光案内所-紀州屋敷跡-肘塚町太神宮燈籠-JR京終駅解散

定員:40人

費用:300円

締切:10月20日(火曜日)

申込:なら・観光ボランティアガイドの会
   電話 0742-27-9889 またはHPから(HPはこちら<外部リンク>)

後援 歴史街道 〈歴史街道HP<外部リンク>はこちら〉

 

 

 
あぶらさかむらいせこうかけせんちょう はんにゃじちょういせえいたいこうしかたちょう
油阪村伊勢講掛銭帳 文化2年(1805) 般若寺町伊勢永代講仕方帳 文政3年(1820)

 講とは、神仏をまつり、参詣や寄進などをする目的でつくられた集まりのことです。伊勢講は、伊勢参りを目的に結成された信仰上の講で、伊勢までの路銀(旅費)を積み立てて、その共同出資で伊勢参りをしました。その多くは代参(だいさん)と呼ばれる代表者を順番に派遣するものでした。
 「油阪村伊勢講掛銭帳」は、講で集める掛銭(積立金)を記した帳面です。「般若寺町伊勢永代講仕方帳」には、12人を一組とした講員が正月、5月、6月、9月に集まること、毎月の掛銭は40文とすること、講の開催日の献立、当屋(とうや・参会日の世話役)の名前、代参者を決めるくじ引きの当選者名と出発日などが記録されています。

 

いのうえちょうちょうちゅうねんだいきさんばん

井上町町中年代記 三番 江戸時代 井上町有 寄託史料 市指定文化財

 明和8年(1771)4月に南山城から発生したおかげまいりについて、そのきっかけとなった奇瑞(きずい・不思議でめでたいしるしのこと)について記しています。町の会所はおかげまいりの人たちへの施行所(せぎょうしょ)となり、40軒ほどの町内に最大で170人も泊めた日があったことや、春日社や東大寺は参詣者であふれかえり、賽銭が百貫文近くも集まったという記述もあります。また、4月上旬に南山城で伊勢神宮のお札が降ってから、近畿、中国地方、四国、九州方面へとおかげまいりが拡大していった様子もわかります。

 

いせやまとまわりめいしょえずみちのり
いせ大和まハり名所絵図道のり 嘉永2年(1849) 南都大仏前絵図屋庄八板 個人蔵

 伊勢参りが流行した頃に、絵図屋庄八が出版した絵図です。北を上にして奈良をほぼ中心に置き、奈良を起点として伊勢へ向かう街道が詳しく描かれています。凡例には神社、国、城、名所と「大和廻りいがごえ・あおごえ」が見られます。伊賀越え、青越え(三重県の青山峠を越えるルート)の道は絵図上に黒い線で描いています。地図の中に「安永六年酉正月 嘉永二己酉年改」とあり、初版は安永6年(1777)のようです。その後、江戸時代に4回再版されています。
 奈良からの伊勢講の伊勢参宮への道順は各講で決まっていて、一般に長谷観音にお参りしてから榛原を経て、赤埴(あかばね)・田口・神末(こうずえ)、そして相可(おうか)・田丸と伊勢本街道を行くのが多く、帰りは北に進み松阪から六軒で北方東海道に通ずる道と分かれ、青山峠を越えて名張を経て榛原で往路と合流します。旅人は、伊勢街道を行ったり青越えを行ったり、また帰りは六軒から津・関・石山・大津を経て京見物に向かう人もいました。

※写真の無断転載禁止