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江戸時代の中頃から奈良の名所案内記などを出版し、明治・大正・昭和の初めと活動を続けたのが絵図屋筒井家です。「奈良名勝全図」は明治41年(1908)に筒井梅吉、昭和18年(1943)に筒井正一(筒井錦華堂)が発行した多色刷りの絵図です。2点とも猿沢池を左手前に置き、奈良の街を南西から眺めた構図で描かれ、見た目は全く同じ絵図です。寺社などの名所はもちろん、県庁、警察、郵便局、駅、町や通りの名前、旅館、医院、劇場、学校などの名前が書き込まれています。細かく比べると旅館や施設の名前に変化が見られるのは、明治と昭和の発行当時の奈良町の姿が反映されているためと思われます。
今回の展示では、「奈良名勝全図」の細部に注目し、そこに描かれた施設や建物に関連する資料から、明治と昭和の奈良町の姿を見ていきたいと思います。
| 期間 | 令和8年2月10日(火曜日)~令和8年3月31日(火曜日) [休館]月曜日(祝日は開館)、2月12日(木曜日)、2月24日(火曜日) |
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| 時間 | 午前9時~午後5時(入館は午後4時30分まで) |
| 会場・入館料 | 奈良市脇戸町1-1 史料保存館展示室・無料 |
| 主な展示品 | ・奈良名勝全図 明治41年(1908)筒井梅吉 ・奈良名勝全図 昭和18年(1943)筒井正一 ・奈良名所細見図 明治23年(1890)芦原松三 ・観光の奈良 昭和13年(1938)奈良市観光協会 ・奈良ホテル御案内 昭和初期以降 ・大文字屋旅館 奈良史跡案内 昭和初期 |
| 展示解説 |
展示解説があります。史料保存館で期間中2回行います。申込は不要です。 |
| 展示関連イベント | |
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奈良町にぎわいの家出張展示 企画展示「「奈良名勝全図」で巡る昔の奈良町」展の展示期間中に、奈良町にぎわいの家で、展示に関連した史料の一部を出張展示し、史料保存館の館員が史料の解説を行います。 日時:3月7日(土曜日)午後2時~4時 解説:午後2時から約30分 会場:奈良町にぎわいの家(奈良市中新屋町5) 史料保存館から東へ徒歩5分 費用:無料 |
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解説付きガイドツアー なら・観光ボランティアガイドの会朱雀の案内でガイドツアーを行います。 日時:3月10日(火曜日)午後1時~4時 コース:ならまちセンター前広場集合-史料保存館(展示解説)-旅館うを佐跡-旅館いんばんや跡-菊水楼-古都の宿むさし野-東大寺二月堂解散 費用:300円 申込:なら・観光ボランティアガイドの会(HPはこちら<外部リンク>) |
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| 後援 | 〈歴史街道HP<外部リンク>はこちら〉 |
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| 奈良名勝全図 明治41年(1908) 著作兼印刷発行者 筒井梅吉 39.6×54.6cm |
奈良名勝全図 昭和18年(1943) 著作兼印刷発行者 筒井正一 発行所 筒井錦華堂 37.7×53.6cm |
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奈良市街地を、南西から北東に眺めた構図になっています。寺社、山川などの名所、県庁や裁判所、学校などの名称を四角で囲み、赤色で強調して示しています。猿沢池周辺の旅館、医院、劇場、町や通りの名前、鹿や燈籠、通行人、人力車に乗った人など細かく書き込まれています。右下に大仏が描かれ、蓮弁の中に大仏や大仏殿の寸法を記しています。明治41年版、昭和18年版ともに構図や風景、道行く人々などの姿や、名称の位置と数は177と同じです。大きな違いは、昭和18年版の旅館の名前の数が明治41年版で25だったのに比べ半減しているところや、昭和12年(1937)に枯死、翌年に伐採された興福寺花の松の部分が、昭和18年版では空欄になっているところです。明治41年版で旅館の名前だった場所は、町名などに書き替えられています。 |
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奈良市著名商店商売繁栄双六 大正末~昭和初期 大阪毎日新聞第三千五百十八号附録 |
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| 大阪毎日新聞は、大正12年(1923)~昭和14年(1939)まで続いた新聞です。この双六はその新聞の付録として作られたようです。振出しは奈良市橋本町奈良明新社(印刷会社)、上り(あがり)は大軌(現在の近鉄)参宮電車で「新春の神詣は伊勢大廟・橿原神宮」とあります。その間を34のコマでつなぎ、それぞれに奈良市内の映画館、呉服店、料理屋、食堂など様々な商売の店の名前と電話番号と、商売や新年にちなんだイラストが描かれています。 |
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| 大文字屋旅館 奈良史跡案内 16.5×7.5cm |
旅館いんばんや 別館金波楼 奈良名所ひとり案内地図 13.5×7.8cm |
旅館吉田屋 奈良史蹟案内 |
| 「奈良名勝全図」に名前が見られる旅館が作った名所案内パンフレットです。地図や交通案内図と、その裏面に名所概略や各自の宿の説明で構成されています。正確な制作時期は不明ですが、地図や説明文に昭和10年(1935)に「若草山」に名前が統一された三笠山の名前が見られること、昭和7年(1932)に開園した万葉植物園が描かれたものとないものがあることから、全体的に昭和初期に作られたのではないかと思われます。 | ||
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