ページの先頭です。 メニューを飛ばして本文へ
現在地 トップページ > 報道・プレスリリース > 文化財建造物の登録の答申について(令和元年11月15日発表)

本文

文化財建造物の登録の答申について(令和元年11月15日発表)

更新日:2019年11月15日更新 印刷ページ表示

令和元年11月15日(金曜日)に、国の文化審議会において文化財建造物の新規登録について答申があり、その中に奈良市内の内山家貸家、旧長壽會細菌研究所工場ほか1件、登彌神社本殿ほか4件が含まれる予定です。

この結果、後ほど行われる官報告示を経て、奈良市内の登録有形文化財(建造物)の総数は、111件となる予定です。

内山家貸家(うちやまけかしや)

正面外観

所在地

奈良市紀寺町(ならしきでらちょう)

建築年代

昭和前期/平成29年改修

構造・形式・規模

木造平屋建、瓦葺一部金属板葺、建築面積69平方メートル

登録基準

一 国土の歴史的景観に寄与しているもの


奈良町の南東部の紀寺町に位置し、南北の路地に西面して建つ貸家です。

昭和5年(1930)から始まった昭和恐慌の折に、貸家として建てられたと伝わっています。
戦前は奈良連隊の中尉などが居住し、その後も長年貸家として使用されてきました。平成29年(2017)に修理を行い、現在は貸しイベントスペース「木屋」(きや)として活用されています。

通り土間がなく玄関の間を設ける点、床(とこ)付の座敷、ガラス障子等を用いた開放的な縁など、戦前の良質な貸家の姿をよく伝える建物です。

旧長壽會細菌研究所工場(きゅうちょうじゅかいさいきんけんきゅうしょこうじょう)

工場 正面俯瞰 

所在地

奈良市芝辻町(ならししばつじちょう)

建築年代

昭和初期/昭和前期増築、平成21年改修

構造・形式・規模

木造平屋一部2階建、瓦葺、建築面積331平方メートル、門柱付

登録基準

一 国土の歴史的景観に寄与しているもの

旧長壽會細菌研究所製品庫(きゅうちょうじゅかいさいきんけんきゅうしょせいひんこ)

製品庫 内部

所在地

奈良市芝辻町(ならししばつじちょう)

建築年代

昭和前期/平成17年頃・同26年頃改修

構造・形式・規模

木造2階建、瓦葺、建築面積66平方メートル

登録基準

一 国土の歴史的景観に寄与しているもの


東大寺戒壇院(かいだんいん)の北側に、ヨーグルトなど菌類を利用した健康食品の製造販売を行っていた喜多芳治郎が大正末頃に建てた自宅(※)と工場が残っています。

工場は4棟の建物がコの字型に配置されます。
設計者は大木吉太郎(※)と推定されます。
外観は下見板張りとし、妻面の上部は白漆喰塗に束(つか)を見せるハーフティンバー風(※)のデザインです。
内部はキングポストトラス(※)で屋根を支え、研究室や醗酵室、瓶詰室といった作業場を設け、機器類も多数残されています。
建物と機器類がほぼ完全な形で残り、稼働当時の様子が大変よくわかる近代の食品工場として価値があります。

製品庫は工場の西側にあり、外観は縦板を張り、妻面は工場と同様にハーフティンバー風とします。
向かいに建つ工場と一体となって敷地景観を形成し、工場が稼働していた時代の様子を伝えるものとして価値があります。

現在は、工場の一部がカフェ「工場跡事務室」として活用され、製品庫はイベントスペースとして使用されています。

※喜多家住宅として平成19年に文化財登録されています。
※大木吉太郎…大正から戦前に奈良で活躍した建築家。隣地に建つ喜多家住宅は大木の設計による。
※ハーフティンバー…西洋の木造住宅の建築様式のひとつ。柱や梁、束などの木部を見せ、石や土で壁を作るもの。
※キングポストトラス…主に屋根部分を支える構造形式のひとつ。明治以降に導入された西洋建築の技術。

登彌神社本殿(とみじんじゃほんでん)

登彌神社 境内 登彌神社 本殿 正面全景

所在地

奈良市石木町(ならしいしきちょう)

建築年代

文政7年(1824)

構造・形式・規模

木造平屋建、檜皮葺、建築面積20平方メートル

登録基準

二 造形の規範となっているもの

登彌神社拝殿(とみじんじゃはいでん)

登彌神社 拝殿 正面全景

所在地

奈良市石木町(ならしいしきちょう)

建築年代

寛政11年(1799)頃/昭和14年改修

構造・形式・規模

木造平屋建、瓦葺、建築面積31平方メートル

登録基準

一 国土の歴史的景観に寄与しているもの

登彌神社神饌所(とみじんじゃしんせんしょ)

登彌神社 神饌所 全景

所在地

奈良市石木町(ならしいしきちょう)

建築年代

昭和14年

構造・形式・規模

木造平屋建、瓦葺、建築面積14平方メートル

登録基準

一 国土の歴史的景観に寄与しているもの

登彌神社手水舎(とみじんじゃてみずしゃ)

登彌神社 手水舎 全景

所在地

奈良市石木町(ならしいしきちょう)

建築年代

昭和14年

構造・形式・規模

木造平屋建、瓦葺、建築面積5.6平方メートル

登録基準

一 国土の歴史的景観に寄与しているもの

登彌神社社務所(とみじんじゃしゃむしょ)

登彌神社 社務所 正面外観

所在地

奈良市石木町(ならしいしきちょう)

建築年代

昭和13年

構造・形式・規模

木造平屋建、瓦葺、建築面積138平方メートル

登録基準

一 国土の歴史的景観に寄与しているもの


登彌神社は奈良市西部の丘の上に位置する神社です。

本殿は、棟札から文政7年(1824)の建立(こんりゅう)とわかります。
境内の最も奥の一段高い位置に、同規模・同形式の一間社春日造2棟が並んで建ちます。
両殿の間は大樋をかけ、床を張って相の間(あいのま)を作る点が特徴的です。
弁柄(※)塗を基調とし、組物等に極彩色(※)を施しており、色彩豊かに飾られています。

拝殿、神饌所、手水舎、社務所は、昭和14年(1939)に村社から県社への昇格の際に現状のように整備されました。

拝殿は、本殿の南側に位置し、寛政11年(1799)の建立と伝わります。
昭和14年(1939)に一旦解体して改修されています。
質素ながらも堅実なつくりで、境内の中心において礼拝の場としての存在感を示す建物です。
2月1日に粥占い(※)を行う場としても使用されています。

神饌所と社務所は、滋賀県で古社寺修理に携わった西本光三郎の設計で新築されたものです。
全体に均整のとれた格調高いつくりです。

手水舎は、昭和14年(1939)に旧表門を移転改築した建物です。
柱を内転び(※)に立て、貫を用いて固めており、素朴ながらも堅実なつくりで境内の景観形成に寄与しています。

※粥占い(かゆうらない)…2月1日(元は旧暦1月15日)に行われる。粥を用いて農作物の出来を占う古風な形態を残す農耕儀礼の行事。奈良市指定文化財(無形民俗文化財)に指定されている。
※弁柄(べんがら)…主成分がFe2O3(酸化第二鉄)の赤色塗料。
※極彩色(ごくさいしき)…柱や彫刻などを着色して装飾すること。特に使用する色数が多く、色彩豊かに飾るものを極彩色という。
※内転び(うちころび)…柱を内側に向かって傾けること。

ダウンロード

Adobe Reader<外部リンク>

PDF形式のファイルをご覧いただく場合には、Adobe社が提供するAdobe Readerが必要です。
Adobe Readerをお持ちでない方は、バナーのリンク先からダウンロードしてください。(無料)


ニュースリリース(年度別)
ニュースリリース(分野別)