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当麻曼荼羅は、『観無量寿経』と善導が著した『観無量寿経疏』に基づいて、阿弥陀浄土を中央に表し、右縁に韋提希夫人(いだいけぶにん)が浄土を希求する物語、左縁に浄土を観想する方法である十三観、下縁に上品上生(じょうぼんじょうしょう)から下品下生(げぼんげしょう)までの九品来迎(くぼんらいごう)を描くものです。當麻寺所蔵の綴織(つづれおり)当麻曼荼羅図(国宝)が原本であり、鎌倉時代に盛んに転写されて流布しました。
本図は、来迎寺に帰依した源経実(多田満仲の後胤、弘長元年〈1261〉没か)が寄附したという伝承をもち、元禄15年(1702)書写の『多田来迎寺縁起』に源家代々の安置仏として記される「当麻寺曼陀羅」に該当すると考えられます。
浄土の図様は空間をやや広くとり、尊像を細密に表しています。相貌は端麗であり、目や口が丁寧に描かれ、頬に張りがあって穏和な表情をなし、体つきも均整がとれています。また、肉身と装身具に金泥と金箔を用いるとともに、着衣は彩色して暈(くま)どりや細緻な截金(きりかね)文様を施し、繊細かつ華麗に表現しています。蓮弁・宝蓋等は温雅な繧繝彩色(うんげんさいしき)で表します。下縁部には来迎する阿弥陀聖衆が立像形式で丹念に描かれ、景物の描写も整っています。こうした作風から、制作年代は13世紀後半頃と考えられます。
鎌倉時代作と推定される当麻曼荼羅図は、他の県内寺院所蔵品に桜井市長谷寺本(重要文化財)、葛城市中之坊本などがあり、ほかに正安4年(1302)の京都市禅林寺本(重要文化財)、奈良国立博物館本2点など多数の作例が遺り、わが国の浄土図の主要な一群をなしています。そうした中でも、本図は表現技法が優れていて比較的早期の作と位置づけられ、中世浄土教絵画の優品として高い価値をもつものです。