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こんにちは。奈良市役所の産業政策課です。わたしたちは企業の発展を通じて、まちの発展をめざしています。今回は、産業政策課が行う3つの補助事業の1つ「奈良市中小企業等新たな挑戦支援補助金」を紹介します。名前の通り、新たな挑戦を後押しする事業です。
この制度を活用した企業を紹介します。
日緑製茶株式会社<外部リンク> 活用年度:2024年度 活用テーマ:大和茶カフェ開業に向けたスイーツ開発及び設備導入 |
「氷出しの大和茶です」
日緑(にちりょく)製茶さんを訪ねたのは、強い日差しの照りつける昼下がりでした。汗を抑えながら茶器に注がれた大和茶をいただくと、スッと涼が全身を駆け巡ります。たった一杯のお茶が、心身ともに整えてくれたようです。
舌で感じる「おいしい」に留まらない味わいの秘訣を、代表の梅田栄一さんにたずねます。
「わたしたちお茶屋は、荒茶(あらちゃ)を仕入れて、合組(ごうぐみ)をして、火入れを行います。合組とは、茶葉をブレンドすること。小さいまちのお茶屋だからこそ、火入れにも細かい調整ができます」
お茶の味を決めるのは、絶妙な匙加減の積み重ねです。火入れ一つでも、お茶の味は変わります。たとえば、ほうじ茶は店舗の奥にある工場で“砂炒り”を行います。遠赤外線で焙煎するから引き立つ香ばしさがあります。
茶葉の淹れ方もまた、味わいの秘訣です。
「今飲んでいただいたのは、手ごろな緑茶なんです。でも、ちゃんとおいしいでしょう?リーフ(茶葉)を氷で時間をかけて抽出する“氷出し”により、甘い香りの輪郭が際立ちます」
近鉄の大和西大寺駅からほど近い菅原の住宅街にある日緑製茶。明治2年の創業当時は、燃料屋などいくつかの事業を行っていたそうです。その一つである茶業を軸として、先代が1971年に日緑製茶株式会社を立ち上げました。
梅田栄一さんは、奈良のお茶問屋さんで修行したのち、家業を継ぎました。その後は、お茶問屋として、卸売を中心に行ってきました。やがて「お客さんにお茶を直接届けたい」という思いを募らせ、2020年9月に店舗改装を行いました。それまで事務所として活用していたスペースは“大和茶産地直売所”へ生まれ変わることに。自社製品に加えて、奈良の陶芸作家さんによる茶器なども並びます。
売上のメインは今も卸売です。まだまだ“育ち盛り”の手売りですが、だんだんと訪れる顔触れも広がりつつあります。最近では、観光客の姿も見えるようになりました。
続けて話を聞いたのは、妻の洋子さん。今回の新たな挑戦の主役です。「あまり目立ちたくないので写真は失礼させてください…」とのことでしたが、たくさんお話をしてくれました。
「お家でお茶を淹れるの、いいですよ。といっても、お茶のことは任せっきり。我が家でお茶を淹れてくれるのも、栄一さんなんですけど…!」と、すこし申し訳なさそうに笑います。
育児がひと段落したこともあり、日緑製茶のことにもより深く関われるようになりました。栄一さんがお茶一筋の職人だとすると、洋子さんはごくごくふつうの方。暮らし手の目線でお茶に関わっていきます。
その第一歩が、2024年のマルシェ出展でした。リーフのお茶を店頭に並べたものの、20代、30代のお客さんにはなかなか立ち止まってもらえません。それもそのはず。急須でお茶を淹れる家庭が珍しくなっていたのです。
「どうしたら、足を止めてもらえるのかな?」
そこで浮かんだのが、世代や性別を問わないスイーツでした。洋子さんはいろいろと想いを巡らせていきます。
「『チョコに煎茶』『ボンボンショコラに抹茶』といったスイーツとお茶のペアリングを提案してみてはどうだろう。あるいは、お茶をつかったスイーツを提供してはどうだろう?」
まずは、いろいろな人にお茶を味わってもらう。やがて、そのおいしさに魅せられた人が急須を手にしたり、家でお茶を淹れるようになれば。
そうして、階段を一段ずつ上っていくように、お茶のある食卓の風景に取り組んでいきます。
「お茶への入口はいくつあってもいい。もっと気軽にのれんをくぐってほしくて」
マルシェへの出展を行う中で、大和茶産地直売所の奥にあるスペースをカフェとして活用することも考えました。
こうして日緑製茶の挑戦は、“点”から“線”へとつながっていきます。お茶をつかったスイーツのレシピ開発とカフェ開業に必要な物品購入に向けて、「新たな挑戦支援補助金」を活用しました。
レシピの相談は、生駒市でお菓子教室を営むパティシエさんを頼りました。また、電子レンジやかき氷機なども購入します。
日緑製茶にとって、カフェ開業は大きな挑戦でした。洋子さんはこう話します。
「今、すごい大変です(笑) 同じクオリティのスイーツを毎日提供するには。焼きたてだけでなく、時間が経ってからもお茶の繊細な香りを伝えるには。飲食店を営んできたわけではないので、一つひとつの判断に迷いながら、進んでいます」
そう話しながらも、挑戦はとまりません。こちらの商品撮影も自ら手がけました。
挑戦は、次なる挑戦を引き寄せます。
「次は茶団子などのテイクアウトもはじめたいんです」
そこで取り組みたいことが、カフェにおける石臼での抹茶挽きです。
「お茶って乾物ですが、鮮度がとても大切です。とくに抹茶。開封したてはおいしいですが、時間が経つにつれて風味が落ちていきます」
スイーツのレシピ開発を進める中で明らかになったこともあります。火を入れると、たちまち風味が損なわれてしまうのです。
「パフォーマンス的に実演を行い“目”で楽しんでほしいわけではないんです。挽きたての抹茶を味わっていただくことで『ああ、こんなにおいしいんだ』と“心”が喜んでくれたら」
挽きたての抹茶をつかったかき氷も提供したいと考えています。
「この辺りは住宅地なので、小さいお子さんも多いんですよ。気軽に提供できたら。『暑いなあ、食べていきー』と、まちの駄菓子屋さんのようなイメージでしょうか。でもね、うちはお茶屋ですから。お茶へのこだわりは譲れません」
実は今、大和茶と呼ばれる奈良のお茶は、大きな転換期を迎えつつあります。
お茶が不足しているのです。理由は大きく2つあります。
インバウンドや輸出増加による抹茶ブームが到来したことで、抹茶の原料となる甜茶(てんちゃ)の需要が逼迫していること。そして、お茶農家が年々減少していることです。
結びに、栄一さんはこう話してくれました。
「静岡、鹿児島、三重…お茶は日本各地でつくられていて、産地ごとに味わいがあります。お茶は暮らしと地続きにあるものです。スペシャルな一杯も魅力的ですが、日緑製茶がお届けしたいのは毎日飽きずに飲める暮らしのお茶。奈良の風土には、大和茶がよくなじむんですよ」
インタビューから数週間が経った日のこと。
ふと氷出しの緑茶が飲みたくなりました。記事を書き終えたら、日緑製茶さんへ行こうと思います。
こうして、小さな挑戦は、暮らしを変えていきます。
一片の抹茶テリーヌ、一杯の抹茶かき氷、そして一杯の緑茶。
お茶にできるのは、小さなことかもしれません。
ですが、時代が大きなうねりのなかにあるときこそ、小さな挑戦が求められています。
(2025年7月7日インタビュー 編集・撮影 toi編集舎 大越はじめ)
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