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こんにちは。奈良市役所の産業政策課です。
わたしたちは、奈良のまちでいきいき働く人が増える取組を行っています。2023年から企業が大学の共同研究をもとに、事業を次のステップへ進めていく「奈良市産学連携共同研究等に対する補助金」を行っています。最大補助額は100万円です。
産業政策課では、この制度の活用事例を紹介することで、奈良市の産業を盛り上げていきたいと考えています。
株式会社森奈良漬店 奈良県奈良市春日野町23 補助金活用年度:2023年度 研究テーマ:伝統的発酵食品である奈良漬の発酵を担う菌とは? power of microbes/奈良漬から微生物の役割を探る発酵の科学 連携先:奈良先端大学・渡辺 大輔准教授 |
600種類以上の漬物があるといわれる世界有数の発酵大国、日本。その中でも古い歴史を持つのが奈良漬です。
その起源は奈良時代とも。産業として飛躍したのは江戸時代のこと。盛り上がる奈良観光のお土産として、人気を博したお酒。製造工程から出る酒粕に、うりを漬けこんだ奈良漬もまた、お土産品として定着していきます。
森奈良漬店の創業は、1869年。初代にあたる森 多津(たつ)さんが、東大寺境内に店を構えました。当時は珍しい女性起業家でした。
1942年には、東大寺の境内整備のため南大門前へと移築して現在に至ります。
今も多くの人が訪れる東大寺。夏を迎えると、お店の軒先で涼む鹿たちが風物詩となります。
ここから車で10分ほどの奈良市南肘塚町(みなみかいのづかちょう)で奈良漬はつくられています。
工場を訪ねました。敷地に足を踏み入れると、たちまち甘い奈良漬の香りに包まれます。
「工場の中へどうぞ」と迎えてくれたのが、5代目の森 麻理子さんです。
手洗いやマスクはしなくてよいのかな?そう思っていると。
「そのままで大丈夫ですよ。うちの奈良漬は塩分濃度25%という、菌にとってきわめてハードな環境で塩漬を行います。それにどうやら、奈良漬の発酵には人の体に住みついている常在菌もほどほどに必要みたい。…というのも、感染予防を目的とする念入りな殺菌消毒が求められたコロナ禍には、奈良漬の発酵が進まなくなってしまったんです」
「どうやら」「みたい」という言葉が表すように、奈良漬づくりは、職人の方たちの長年の経験や勘に支えられています。
これまで、奈良漬の発酵のしくみを科学的に研究した事例はありませんでした。科学的に見れば、奈良漬は「1300年間なんとなく発酵してきた」ともいえるようでした。
お土産としていただいた奈良漬を日々の食卓に並べて、食べているとなんとなく心身の調子がよい。そうして奈良漬は食文化となり、受け継がれてきたのです。
「わたしは、奈良漬のはじまりは“たまたま”だったと思っているんです。酒粕のなかに野菜が転がりこんで、いつの間にか漬物ができていた。おそるおそる“それ”を食べてみると、『なんだ!美味しいじゃないか!』と」
森奈良漬店は今も初代・多津さんの製法を守り続けています。原材料は契約栽培による日本の野菜と果実、日本の塩、そして吟味された酒粕です。
自然のサイクルで奈良漬が完成するまで、2年間かかります。2025年に行った仕入れに対して売上が立つのは、2027年のことです。そのため財務諸表上は、つねに多くの在庫を持つことになります。漬物産業は、遠回りなビジネスともいえるのかもしれません。
そんな漬物産業界に市場経済の波が押し寄せます。原材料が輸入野菜へ切り替わり、食品添加物が当たり前になりました。
そうした中、麻理子さんはある思いを募らせていきます。
「菌と人がつくる漬物文化を後世に受け継ぎたい。日本で最も古いといわれる奈良漬をつくるわたしたちが伝えていかないと、日本で受け継がれてきた漬物文化が消滅してしまうのでは?」
森奈良漬店の工場には、3000もの酒粕や漬込中の樽がずらりと並んでいます。その光景は、小学校の全校朝礼に重なります。
いろいろな酒蔵から集められた酒粕です。ぜいたくにつくられた純米大吟醸の酒粕も、手に取りやすい純米酒の酒粕もあります。
「純米大吟醸だからおいしい奈良漬になる、とは限りません。工場に住む菌との相性が大きく影響します。育ててみないとわからないことも多いんですよ!なかには発酵が進みすぎて、爆発する“やんちゃな酒粕”もあります。そこで大事なのは“問題児扱い”しないこと。どの子もいい環境を見つけると、いい奈良漬をつくってくれます。それぞれの子に、それぞれの役割があるんです」
樽の中を見せてもらうと、茶色い酒粕が現れました。
「酒蔵にやってきた日は、真っ白なんです。自然空調のもと、奈良の春夏秋冬を体感しながら、熟成・二次発酵をしていきます」
熟成・二次発酵は、菌の仕事です。
「目には見えませんが、工場内にはいろいろな菌が暮らしています。毎日いろいろな菌がやってきては、居心地のよさを感じる菌が輪に加わっていきます。何十年もかけて醸成された“菌のコミュニティ”です」
そして、菌が心地よく活動できるコミュニティをデザインするのが人間の役割。奈良漬づくりは、菌と人の共同作業でした。
「人の一生は短く、奈良漬をつくることのできる回数は限られています。永遠に未熟だからこそ、奈良漬の発酵を担う菌のことを知りたい。見えない世界を見に行きたいんです」
奈良漬を科学的に知ることが、日本の漬物文化を元気にしていく一助になれば。そうした思いから、森奈良漬店は研究に踏み出します。
森奈良漬店は補助金を活用した研究に取り組んでいきます。
渡辺 大輔准教授は、微生物インタラクションを専門としています。
産業政策課に相談したところ、微生物インタラクションを専門とする渡辺 大輔准教授を紹介されました。
奈良漬のメタゲノム解析を行うことにより、奈良漬の発酵を担う菌の解明に取り組みます。また、酒粕という高濃度のアルコール下で活発に活動する菌の特性を知ることをめざします。
研究は、延べ35日間に及ぶものでした。その研究費の捻出方法を検討するなかで、補助金を活用することとなりました。
奈良漬の発酵を担う「好エタノール性乳酸菌」の存在が明らかになりました。一般的な菌はアルコール濃度が高まるにつれて、活動が鈍くなります。ところがこの乳酸菌は、なかなかの変わりもの。ある程度のアルコールを含む環境でこそ活動が盛んになる「お酒が好きな乳酸菌」だったのです。アルコール濃度が15%の環境でも活動することがわかりました。
この研究結果は、麻理子さんと渡辺准教授を驚かせました。奈良漬の発酵に関する基礎研究の第一歩といえる今回の調査結果は、国際誌にも投稿される予定です。
奈良漬の蔵元として、情報発信を行う麻理子さんのもとには、全国から相談が寄せられます。健康や美容に関する悩みは、心の悩みと紐づいていることも珍しくありません。
健康や美容を熱心に追求することは大切ですが、かえって調子を崩してしまうことも。麻理子さん自身も過度なダイエットをしたことがあるそうです。誰にでも起こりうることだから、まずは奈良漬をパリポリとかじることからはじめてみては、といいます。
「毎日の食卓に奈良漬と納豆を並べるお客さんがいらっしゃいます。まずは『おいしい』からはじめましょう。無理なく続ける中で、なんとなく習慣となり『なんとなく調子がいいね』と感じていただけたら」
食卓を小さく変えることから、健やかに美しくなる。奈良漬からはじまる暮らしのグッドサイクルがありました。
日本各地を見渡しても、地名にちなんだ名前の漬物は珍しいものです。そんな奈良漬を食卓へ届けるのは、奈良で暮らし、働く職人のみなさんです。みなさんを見て驚いたことがあります。性別をとわず、肌つやがよいのです。その理由について、麻理子さんはこんな仮説を立てています。
「工場で暮らす菌が、体の外側からも働きかけているのかもしれません。食べるだけではない奈良漬の可能性について、これから研究していきたいですね」
1300年前に生まれた奈良漬。その研究は、今まさにはじまったところです。今後は「食べる」にとどまらない事業展開が広がっていくのかもしれません。
(2025/6/20インタビュー 編集・撮影 toi編集舎 大越はじめ)
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