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こんにちは。奈良市役所の産業政策課です。
わたしたちは、奈良のまちでいきいき働く人が増える取組を行っています。2023年から企業が大学の共同研究をもとに、事業を次のステップへ進めていく「奈良市産学連携共同研究等に対する補助金」を行っています。最大補助額は100万円です。
産業政策課では、この制度の活用事例を紹介することで、奈良市の産業を盛り上げていきたいと考えています。
株式会社do.Sukasu 奈良県奈良市橋本町3-1 補助金活用年度:2024年度 従業員数:5人 研究テーマ:VRを用いた空間認知トレーニングシステムにより、高齢者の空間認知能力は向上するのか? 連携先:奈良女子大学・中田大貴教授(認知神経科学) |
視覚認知能力の簡易定量化による事業開発に取り組む株式会社do.Sukasu。創業メンバーの一人である落合さんは、インタビューのはじめにこう話してくれました。
「わたしたちのミッションは、脳の視認特性を透かすことなんですよ」
脳の視認特性を透かす?どういうことでしょうか。
「人間は、多くの情報を視覚から得ています。その割合は、70%ともいわれます。たとえば、今、わたしたちの目の前にはこんな風景がありますよね」
「人間は、目で見た情報を脳内で処理します。『約2メートル先に青々とした植物がある』『黒い机がある』といったように。こうして視覚情報に意味を与える力を、視覚認知能力といいます。この能力は、一人ひとり異なります」
かつてdo.Sukasuは、めざす社会をレゴブロックでたとえたことがあります。
正方形のブロックばかりが並ぶ社会より、長方形もひし形も丸も三角も、言葉では表しきれない形も。いろいろなブロックが共存できる社会のほうがゆたかなのでは?
「do.Sukasuは、社会から『ふつう』という言葉をなくしたいんです。『ふつう』の枠に収まりきらないことが、“能力の欠如”ではなく“個性”として生きる。そんな凸凹のある社会をつくりたい。だからわたしたちは、視覚認知能力の見える化をしていきたいんです」
そこで開発したのが視覚認知能力の測定・評価・トレーニングを行う「de.Sukasu」です。VRゴーグルで視空間認知能力を計測し、タブレットで物体認知能力を計測し、レーダーチャートと数値コメントでフィードバックを行います。さらにはトレーニングプログラムで、能力開発にも取り組みます。
「ベンチャーにおける課題は、なんといってもお金と時間です」
創業当時は創業メンバーの強い思いもあり、発達障害のあるこどもを支援したいと考えていました。しかし、ヴィジョンとそろばんの両立に揺れます。
「いろいろな方から共感はいただけるのですが、ビジネスとして成り立つかどうかは別の話。たとえば投資を集める上では『どれくらいスケールするの?』『どれくらいリターンがあるの?』といった議論になります」
そこで注目したのが、高齢者の自動車運転でした。人間の空間認知能力は、加齢とともに衰えていきます。我々の取得したデータでは70代になると5歳児を下回ることがわかりました。
高齢者の運転による自動車事故は増加傾向にあり、2012年ごろから免許返納を進める動きが加速しています。一方で、地方で暮らす高齢者にとっては死活問題ともいえました。
「免許返納をすると、要介護度のリスクが8倍に高まることが明らかになっています。また人材不足が深刻な日本では、高齢ドライバーが運送業を支えてくれていることも、まぎれもない事実です」
高齢者が「de.Sukasu」で自身の視覚認知能力を測定し、必要に応じてトレーニングを行い安全運転寿命を伸ばす。テクノロジーの活用により、高齢者も、市民もお互いが安心して、ゆたかに暮らせる社会をめざしたいのです。
そこでdo.Sukasuは補助金を活用した研究に取り組んでいきます。
中田大貴教授は、認知神経科学を専門としています。
研究にあたり協力を仰いだのは奈良市シルバー人材センターです。60歳から85歳までの高齢者で、空間認知能力が平均以下の人を対象としました。対象者を2グループに分け、一方のグループには「de.Sukasu Training CATCH」を用いた3ヶ月間の継続的なトレーニング(1回15分週2回・計24回)を実施。もう一方のグループは、これまで通りの生活を送ります。
研究費の捻出方法を検討するなかで、奈良市産業政策課とつながり、補助金の存在を知りました。
研究期間は、2024年11月から2025年3月。トレーニングの効果は開始時、1ヶ月後、3ヶ月後にそれぞれ評価・分析を行い結果を取りまとめました。すると、予想外の結果が出たのです。
「トレーニングをしたグループの方が改善度は大きかったのですが、2グループとも視覚認知能力が改善したんです。予想外の結果でしたが『視覚認知能力はトレーニングにより向上できる』というエビデンスが得られたことは大きい。さらに聞き取り調査を行うことで、分析を進めていきたいです」
自動車運転の研究は継続して行いつつ、今後は工場における転落・転倒などの労働災害防止やスポーツ選手のパフォーマンス向上のためのトレーニングにもつなげていきたいと考えているそうです。どのような可能性が見えているのでしょうか?
「工場で働く人の視覚認知能力を個別に理解することで、事故リスクの高い人が明らかになります。その人が高所作業を行うときには、特殊装具をつける。そうして一人ひとりに合わせた安全対策を行う環境の一助になりたい。ひいては、企業のコスト削減につながる可能性もあります。トレーニングと組み合わせることで、視覚認知能力の改善も期待できます」
そのためにもさらなる研究が欠かせません。今年度も、産学連携による共同研究を行う予定です。
最後に、人口35万人の地方都市・奈良市でベンチャー企業を営むことについて聞きました。2020年6月に東京で創業した株式会社do.Sukasu。2023年10月に、代表取締役の笠井さんの出身地である奈良市へ移転しました。
移転にあたり、出資者からはこんなアドバイスを受けたそうです。
「本社を地方に移すのはよいですね。解決しないといけないニーズがあり、解決したい人が集まりやすいのが地方です。結果として、課題ともパートナーともつながりやすい。また、地方が抱える課題はグローバルにもつながります。奈良発の世界企業という可能性もありえますね」
とはいえ、落合さんは半信半疑だったそう。
「『そう簡単に、課題やパートナーとはつながれないでしょう』と思っていたんです(笑) でも、奈良に移転したことで『高齢者の自動車運転』というテーマが具体化し、中田教授と出会うことができました。そして研究費の調達方法を検討するなかで、産業政策課とつながり、補助金の存在を知ることができました。いいテンポです。ベンチャーにとって、時間はいのちですから。奈良はコンパクトでスピーディにつながります」
補助金については、希望もあります。
「研究費として補助額が小さいのは正直なところです。また、連携先が奈良県内の大学に限定されるため、研究分野も限られます。それでも、補助があるのはありがたい。ここにきたことで、研究が成り立っているんですよね。小さくてもお金があればやれます。やれば成果が出て、次の展開が見えます」
視覚認知能力の簡易定量化をつうじて、一人ひとりが生きる、活かす社会をめざす株式会社do.Sukasu。社会から「ふつう」という言葉をなくしたい。その一歩が、着実にはじまっています。
(2025/4/29インタビュー 編集・撮影 toi編集舎 大越はじめ)
あなたの事業も、大学との産学連携で、ステップアップをめざしませんか?
https://www.city.nara.lg.jp/site/jigyosyashien/178990.html
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