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奈良晒

更新日:2019年11月7日更新 印刷ページ表示

奈良晒の画像1

奈良晒の画像2

 奈良晒は、遠く古事記の昔に源を発しますが、麻織物の一級品としてその名が天下に知れ渡ったのは、江戸時代初めのことです。

 清須美清四郎という人が、桃山時代天正年間に、従来の晒法の改良に成功し、にわかに盛んになったといわれています。
 それまで晒は、主として僧侶や神官の衣服として用いられ、武士の裃や夏のひとえものとして、販路が広がりました。
 もちろん、幕府にも納められ、徳川家康は御用品とするとともに、奈良晒の製造・販売を掌握・統制する制度を作っています。それほどの発展産業でした。

 大麻糸を約1ヶ月かけて丁寧に織り上げられた麻布が、その真白く涼やかな容姿を完成させるのは溪間の清流であり、越後上布は雪を母とし、奈良晒は岩走る垂水から生まれると云われてきました。
 その清楚で気品のある風合は、古来よりの狂言、舞楽衣裳など特殊な用途に加え、現在では茶巾、正倉院宝物をデザイン化したテーブルセンター、暖簾なども作られています。