市場
平城京の住民の食料品や日用品は国営の市場で売買されていました。国営の市場は左京と右京に一つずつおかれ、それぞれ「東市」「西市」と呼ばれていました。これらの市場は「市司(いちのつかさ)」と呼ばれる役所が管理しており、半月ごとに交互にひらかれていました。
市場への物資の搬入は運河(堀河)を用いていたといわれています。
当時の市場の様子(画像拡大)
商業地域
近隣住民が日用品の買い物をするための"近隣商業地域"と大規模の百貨店、映画館等も設置ができる"商業地域"があり、前者は住宅の集中する地域ごとに、後者は交通の要衝や駅周辺に配置されています。
東向き商店街(写真拡大)