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人つながりでここにいる今日のわたし。描いたり書いたり歌ったり生きたり。御手洗友紀さんの奈良市ならまち暮らし(移住者インタビュー)

更新日:2025年2月10日更新 印刷ページ表示

奈良公園と御手洗さん

目次

ならまちのこと

御手洗さんのこと

ならまちと御手洗さんのこと

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ならまちのこと

ならまちの街並み

近鉄奈良駅から歩いて10分ほど。世界文化遺産である元興寺(がんごうじ)の境内にあたるならまち。

ぐるりと歩くだけで、連綿とつづいてきたまちの息づかいが感じられるまちなみ。ここには町家を改修した一棟貸しの宿や、クラウドファンディングを活用する銭湯、古民家をリノベーションしたアイスクリームショップなどが建ち並び、商いや移住の文脈で人気のエリアです。

このまちで、生きる創作をつづける人を訪ねました。

 

御手洗さんのこと

絵を描く御手洗さん

「ホームページを見てくださる方の参考になるかは本当にわかりませんが、実生活のそのままを、とりつくろうことなくお見せし、それを載せていただけるのであれば、とてもありがたくおもいます。」

インタビュー依頼に、こうお返事をくれた御手洗 友紀(みたらい ゆき)さん。京都の美術大学を卒業後、作家活動をしています。

奈良へやってきたのは、2023年3月。

人のつながりで、いまここにいるという御手洗さん。話を聞かせてもらうと「移住って小さくはじめてもいいんだ」「自分の暮らしたいまちに住んでいいんだ」と思えて、心がスッと軽くなりました。

「御手洗さんが奈良に住んでくれてうれしい」。そんな今日を綴った日記です。

ギャラリー藤影堂展示物を見学する御手洗さん

兵庫に住んでいた御手洗さんがはじめて奈良を訪ねたきっかけは、仕事の依頼でした。

「奈良でパンカフェをされている方から絵をたのまれたんです。せっかくだからゆっくり過ごしてみようと、口コミが良さそうな宿を調べました。そうして見つけたのが『ゲストハウス奥』。泊まってみると、オーナーのようこさんが、ほんとうにすてきな人だったんです」

絵の仕事を収めたあとも、御手洗さんは2、3ヶ月に1度くらいのペースでようこさんを訪ねるように。だんだんと、ゲストハウス奥が大切な存在になっていきます。

ギャラリー藤影堂のお庭
​​

「いつもようこさんに会いに行っていましたね。だから、観光地としての奈良はわからないまま。観光客が行き交う“猿沢池”さえ名前を知りませんでした」

その後、兵庫を離れることが決まり、次の住まいを探すことに。

「ようこさんの近くに住んでみよう。そう思ったんです」

仕事を探すと、週1日で絵画教室の先生を募集していた。他にも一人でできる仕事を探し、週2日は接客をするように。

家を探す上では、とにかく日当たりのよい部屋がよかった。風が抜けるとなおよい。自炊をしたいからコンロは二口、できれば畳にごろんと寝転がれたら最高。実家がそうだったから。

そうして偶然出会った、ならまちにあるマンション。ここが御手洗さんのあらたな住まい、アトリエ、スタジオ、書斎になっていく。

御手洗さんの部屋 写真

「小さいときから、自分のことを人に伝えるのがにがてでした。自分を『出せない』ままがつづくと苦しくなる。そういうなかでも絵を描くことはずっと身近にあって」

絵を描く御手洗さん

出身は九州の大分。美術を学ぶため、京都の美術大学へ。授業で絵を学び、教室で出会った仲間から書くこと、歌うこと、いろいろな表現を学んでいった。

「美術を学んでから『こんなこともできるんだ』『おもしろいな』と思えるようになりました。絵を描く、言葉にする、歌う。そのとき惹かれた表現をつうじて、だんだん自分を『出してもいいんだ』と安心できるようになったのかもしれません」

大学卒業後も、京都での暮らしをつづけることに。まわりに仲間がいた。カフェでアルバイトをしたり、絵を描いたり、ギターで歌ったり、恋をしたり。

自室で読書する御手洗さん

一年に一冊くらいのペースで、本もつくるようになった。季節の移ろいや人との出会いに触れて、自分が揺れると、わっと体内を駆けのぼる言葉たち。消えてしまう前に、あわてて、メモに書き溜めていく。そうして、こつこつこつと生活のなかで集まった感情が本になる。出版にあわせて展示をひらいた年もある。

御手洗さんの自著

 

日々の心情が垣間見えるのは「ふだんいろの花束」のあとがき。こう綴られている。

 「カフェのバイトも勉強しているデザインもファッションもなにもかもが、全く別のことをしているという感覚はなく、すべてがつながっているような気がしています」

 自然の早さで創作を続けてきた御手洗さんにとって、2024年は大きな気づきの年でもあった。11月に、母校でグループ展を開催したからだ。会期をふりかえる12月1日の日記には、こう記されている。

「テーマをもって書くことも、グループでの展示も、進行も、そして、ま白くて広い、ギャラリーでの展示も。私にとってはどれも慣れなくて、やってみると本当に苦手で、うまくいかないことがほとんどで。今まで自分がどれだけ気ままにやっていたかが身に染みてわかった。」

これまでは、心が揺れたときに衝動的に絵を描いてきた御手洗さん。展示に向けて、作品をつくらなきゃと思ってつくるのは全然違うことだと気づいた。

日記はこう続く。

ただただ、何も言わずに見守ってくれていた人たち。その目線の、なんとあたたかかったことか

ならまちと御手洗さんのこと

ギターを弾く御手洗さん

 ぽかぽかと晴れたこの日、御手洗さんとならまちを歩くことにした。

「きょうはいい天気ですけど、冬はあんまり強いほうではないですね。脳みそがぐらぐらして、一人であれこれ考えてしまう。そういうときは、できるだけ外に出るようにしています」

ならまちの街並み2

「ならまちを歩いていると、人の生活にぶつかるのがいい。身近なちょうどいい自然もありますし。頭がうまく働かなくても、体が行きたいほうに動いていくのがわかると『あっ、だいじょうぶだ』って思えてきます」

奈良市の人口は35万人。東京でいうと、新宿区や豊島区と同じくらい。とはいえ人口密度はずいぶんゆったりしている。

人とつながりたいときはつながれて、考えたいときはちゃんとこもれるスケール感だから、自分の速度で創作に臨みやすいのだと思う。それでいて観光都市でもあるから、ほどよく人の出入りもある。

御手洗さんが立ち寄ったのは、古民家ギャラリー藤影堂(とうえいどう)。散歩の途中で出会った“はなれ”のような空間だそう。

御手洗さん写真(in 藤影堂)
 
「オーナーの桂美奈子さんの作品への接しかた、作家さんとの関わりかたがすてきなんです。版画、陶芸、ガラス、書道… ここにいると、いろいろな作品にふれることができます。在廊する作家さんと話すなかでも、たくさんの発見があります」
庭では、桂さんの夫さんが手入れをしているところ。11月はつわぶき、12月は水仙、年が明けたら間もなく梅… 季節によって景色が移り変わるという。
 
ギャラリー藤影堂の桂さんと御手洗さん

「庭には畑もあって、桂さんは自分たちで食べるものを育てています。お二人 から季節ごとにとれる野菜や、庭に咲く花のことなどをお聞きすると、心の中に小さな自然が生い茂っていくようで。夏にはそら豆をもらい ました。ニッコニコの笑顔で、『採って3日以内がおいしいんだよ』って」

藤影堂をあとにして、奈良ホテルのほうへ歩き出すと、紅葉が見ごろを迎えていた。

市内を散歩する様子

「きれいですよね。この秋は、葉っぱのモチーフを描くのにはまっていました」

ときどきおしゃべりしながらたどり着いた奈良公園では、柳の枝が心地よさそうに風に揺れていた。

奈良公園を散歩する御手洗さん

むすびに聞いてみる。

御手洗さん、そろそろ年が明けますね。2025年をどんな一年にしたいですか?

「新年は、思っていることをよりまっすぐ出していけるようになりたいです。思ったこと、感じていることをまわりに伝えるのは、はずかしいし、こわい。それでも、出していけるように」

そして、こう続けた。

「春は、絵もことばも出やすい気がしますね」

帰り道にふと空を見上げたら、桜の木が広がっていました。よく見ると、つぼみが春を待っていることに気づきます。もうじき、奈良で三度目の春を迎える御手洗さん。2025年は、どんな絵を、ことばを、歌を、自分を出していきますか。

(編集 大越はじめ/アシスタント 奥田しゅんじ/写真 中部里保)​

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