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インタビュー(ROKKAN DESIGN代表(Art Director/Designer) ROKKAN(ろっかん)さん)
奈良の価値を再発掘し、ここから新たなクリエイティブを
アートディレクター・デザイナーとして、東京でクリエイティブシーンの最先端を経験したROKKANさん。拠点を奈良に移してから、地方都市が持つ無限の可能性とその土地で生み出される独自の価値に着目し、奈良から新たなクリエイティブの波を起こすことを目指しています。ROKKANさんが見つめる奈良の魅力と課題、地方におけるクリエイティブの役割について率直なご意見を伺いました。
<プロフィール>
ROKKAN DESIGN<外部リンク>
代表(Art Director/Designer)
ROKKAN(ろっかん)さん
約20年に渡る東京での活動を経て2020年に奈良へ移住。店舗のディスプレイ、ファッションブランドやアーティストのブランディング、グラフィックデザインなど、多岐に渡るクリエイティブ活動を展開している。自治体や企業の新規事業提案にも積極的に参加。築100年以上の建物を改築した喫茶店・ギャラリー・セレクトショップを併設する店舗「ROKKAN ROOM」も運営。
奈良からクリエイティビティを発信する新たな仕組みを作りたい
―――もともとは東京で活動されていたそうですが、クリエイティブな仕事の場合、やはり何かと東京の方がチャンスや出会いが多く、効率や利便性も良いと思うのですがいかがでしょうか。
ROKKANさん:
たしかにそういう一面はあります。でも僕はそもそもずっと東京にいるつもりはなかったんです。若い時は、一度は東京に行ってみたいなと思って実際に上京しましたけれど、本当に仕事が忙しく、深夜までの残業が当たり前の生活でした。そうまでして働いても、会社員である限り給料はそれほど上がらない。それで早くに独立したんです。その後も仕事はうまく軌道に乗り、約20年間東京で活動していました。
東京での多忙な日々、ふと「何のために働いているのかな」と
―――それだけ長い間東京にいらっしゃったROKKANさんが、奈良へ拠点を移すことになったきっかけは何だったのでしょう。
ROKKANさん:
3年ほど前、子どもが幼稚園の年長になるタイミングで、子育ての環境を考え、このまま東京にいるよりも妻の実家のある奈良に一度戻ろうということになりました。僕も家族も奈良の方が居心地が良く感じられましたし、仕事の打ち合わせはリモートで行えばいい、制作活動はどこにいてもできますから。初めてのクライアントと組む時や、撮影時のみ東京に来れば良いという感じで。東京では、事務所の維持費やランニングコストが非常にかかります。今はまた物価も上がっていますし、お金がぐるぐる回っているだけで、ふと「何のために働いているのかな」という気持ちになったんですよね。東京の仕事は大きなプロジェクトもあり、アーティスト性の強いクリエイターや一つのジャンルに特化したプロフェッショナルも多く、刺激もあるんですが、奈良や他の地方の仕事もとても面白いと感じています。確かに東京と比べると地方のクリエイティブの現場は限られた少ない予算で進めなければならない場合が多いのですが、僕自身アイデアを考えるのが得意なので、収益や利益を複数の関係者間で分配する「レベニュー・シェアリング」のような仕組みを使って地方で何かやりたいなと。そういうアイデアや仕組みを思いついても実行しない人がほとんどなので、僕が中心となって進めれば、みんなにとって“ウィンウィン”の結果になると思います。
仲間たちとうまく仕事を分担し、良いモノを創り上げたい
―――東京と比べて、奈良のクリエイティブ環境についてはどのような印象をお持ちですか。
ROKKANさん:
奈良のみならず地方ではクリエイターの数が少ないため、どうしても何やかんやと同じ人に依頼する傾向がありますね。そして、平等・公正が重視される事が多く、それにとらわれていると同じようなモノばかりができてしまいがちです。それではやりがいがないため、そうならないような仕組みを作っていきたいと思っています。
―――どうしても、保守的になりがちなのでしょうか。
ROKKANさん:
そういう傾向はあります。でも奈良に移ってから、東京で一緒に仕事している仲間たちが、こちらに来てくれるんです。旅行気分で。打ち合わせをするにしても、「奈良に行きたい!」という感じで、彼らが積極的に出向いてくれます。東京からは新幹線で約3時間ですからね。面白いものを作るために、地方の仕事であっても東京の仲間たちとうまく役割分担し、それぞれがパーツの一部として一緒に良いモノを作り上げていけたらいいと思うんです。そうすることで、地方の町も盛り上がり、みんなの仕事が増え、クオリティも高くなる。そんな仕組み自体を、僕は奈良で作っていきたいと思っています。
地方特有の厳しい壁を、なんとか突破してやろうと思っています
―――それは、地元の若いクリエイターや、奈良に惹かれてこちらでクリエイティブな仕事をしたいと考えている人たちにも、とても良い刺激になりますね。
ROKKANさん:
地方特有のなかなか厳しい壁もありますが、それをなんとか突破してやろうと思っているんです。モノ作りの現場では、慣れ合いやツーカーの関係でやるよりも、緊張感と刺激を保ちつつ仕事をした方が良いモノができますし、そうすることでみんなが成長し、間違いなく仕事に向き合う意識も変わります。
―――それが結果的に奈良市のためになり、奈良市で何か面白いことに挑戦しようという動きの源になりそうですね。
ROKKANさん:
そうですね。この先につながるように、“成功事例”をたくさん作り出したいと思っています。
奈良には、人間のクリエイティビティが活性化する環境が身近に
―――モノを作る上でさまざまなアイデアをストックしたり、発想を練り上げていく際に、奈良市の環境は東京のような大都市と比べていかがですか。
僕は自然が好きなんですが、奈良にはそうした場所が身近にあります。自然の中にいると、人間のクリエイティビティが50~60パーセント活性化すると言われていて、そういう意味でも奈良の環境はクリエイターにとってとても適していると思います。とはいえ、ずっと奈良にいると感覚が鈍ってしまうように感じるので、少なくとも2か月に1回は仕事や用事を作って東京に行くようにしています。クリエイティブの面での刺激や吸収は、常に必要だと思いますから。僕の事務所の若いスタッフにもそうしてもらって、僕の東京でのコネクションを活用してさまざまなクリエイターに会う機会を作ってあげています。でも本当の意味で、人間として自分のライフスタイルを満たしたいのであれば、生活する場所は地方の方が良いんじゃないでしょうか。とにかく多くの仕事をしてお金を稼ぎたいという人は、東京の方が向いていると思いますが。
「日本の原点は奈良」だと積極的にブランディングを
―――生き方として、どちらに重きを置くかということでしょうか。ROKKANさんのように東京や大都市の仕事のシステムや実情をよくご存知の方が、地方においてもさまざまな仕組みを提案することは、その町にとっても良い循環が生まれそうですね。
ROKKANさん:
そうなれば良いなと思っています。こっちに住むようになって改めて感じたんですが、奈良はグローバルでポテンシャルのあるまちだと思います。例えば、春日山の原始林は地元の人にとっては昔から当たり前にある場所という感覚のようですが、外国人観光客などから見れば、散策に絶好の場所と映ります。そういった場所をもっと掘り起こして情報発信をしていけば良いんです。奈良の名所と言えば寺社仏閣のイメージが先行して、それももちろん重要な観光資源なんですが、それだとどうしてもイメージが京都と重複してしまいますから、「日本の原点は奈良です」ということをもっと積極的にブランディングしても良いんですよ。そういったイメージ戦略をしっかりと行っていく必要がありますね。
「奈良の大仏」は、世界的に見ても究極のクリエイティブ
―――奈良の魅力やポテンシャルについては、どうお感じになっていますか。
ROKKANさん:
奈良にはめちゃくちゃいろんな可能性があると思っています。例えば東大寺の大仏など、あれほどの規模の仏像は世界的にも例がないじゃないですか。遥か昔にそれを人力で作り上げたというのは、究極のクリエイティブです。今すぐには難しいかもしれませんが、5年や10年のビジョンで考え、奈良のまちづくりやブランディングに取り組んでいけば良いと思います。東京の真似をしても仕方ないんだから、奈良にしかないモノや場所を創造することが大切です。若い人たちも感性が豊かなので、彼らの持つ可能性を最大限に伸ばしてあげれば、奈良で突き抜けたクリエイティブを実現できると思います。東京で流行っているようなことを中途半端にやるんじゃなく、独自のスタンスで大仏のような圧倒的なものを奈良で作り上げていければ、ここのクリエイティブシーンもさらに面白くなると思います。
―――そうすると、さらに多くの才能あるクリエイターが奈良に来ようと考えるかもしれませんね。
ROKKANさん:
そういう流れをうまく作れるといいですね。「奈良で面白いことをやっている人たちがいる」というイメージを生み出したい。僕も奈良に戻って3年が経つので、これからどんどんそういう機会を増やしていけたらと思っています。
<取材後記>
地方でクリエイティブな活動を行うことの意義と、それが地域社会に与える影響について、ROKKANさんの考え方は多くの人にとって示唆に富むものです。その話からは、地方におけるクリエイティブな取り組みが、新しい価値やコミュニティを生み出し、地域の活性化に貢献する可能性を秘めていることが感じられます。また、奈良の豊かな自然や歴史的背景を活かしたブランディングや、地方独特のクリエイティブな仕事の展開は、地元の若者や他地域からのクリエイターにとって大きな魅力となり得るでしょう。
取材日:令和5年11月
取材/撮影:世界文化社