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インタビュー(奈良市創業支援施設BONCHI)
創業支援施設「BONCHI」から始まる、奈良での新たな一歩
奈良市の中心部に位置する創業支援施設「BONCHI(ぼんち)<外部リンク>」で活動する一般社団法人TOMOSU 代表理事の中島 章さんと、エイトノット株式会社 代表取締役の金 栄吉さん。ともに関東から奈良市に移住し、事業に取り組んでいます。大都市とは異なる独自の魅力を持つ奈良で、彼らはいかにして生活と仕事の新しい形を築き、地域のコミュニティと深く結びついているのか。お二人のお話は、奈良市への移住や進出を考える人々に明るいインスピレーションを与えてくれます。
一般社団法人TOMOSU
代表理事 中島 章(なかじま あきら)さん:写真右
エイトノット株式会社
代表取締役 金 栄吉(きむ よんぎる)さん:写真左
「TEN」と名付けられた4階の会員制ワーキングフロア。窓から興福寺も望める落ち着いた空間。お二人が座るのはインスタレーション「磐座ーiwakura」。
<中島さんプロフィール>
奈良市出身。大学を卒業後、東京の人材サービス会社とコンサルティング会社で約10年間勤務。その後、奈良にUターン移住し、2019年に一般社団法人TOMOSUを設立。2020年から奈良市の創業支援施設「BONCHI」を拠点に、コワーキングスペースの運営や、持続可能な地域づくりのためのさまざまなプロジェクトを進めている。
<金さんプロフィール>
福島県出身。新卒でデジタルマーケティングの専門企業に入社し、セールス、事業推進、組織マネジメント等の多様な業務に携わる。2018年に独立。個人事業主としてデジタルマーケティングやマネタイズ支援等のプロジェクトを手掛けた後、エイトノット株式会社を設立。2022年より奈良市に移住、「BONCHI」にオフィスを構えて活動中。
家族旅行で立ち寄った奈良に魅せられて、勢いで移住を決意
―――現在、近鉄奈良駅からすぐの商店街にある「BONCHI」という奈良市の創業支援施設でお仕事をご一緒されていますが、そこに至った経緯を教えてください。
中島さん:
金さんとの出会いはおととしの3月だったかな。僕はすでに「BONCHI」の運営に携わっていたんですが、金さんが奈良に1週間ほど家族旅行に来られたんです。その時にご家族ともに奈良を気に入って、旅の最終日にたまたまこの辺りに来ることがあり、ふらりと立ち寄ってくれたそうです。
金さん:
そうですね。旅行中にあちこち回る中で奈良に住むのもいいなと感じていたところに、妻が偶然「BONCHI」を見つけて、僕ものぞいてみたら、仕事をする上でもこんなにいい場所があるんだ、と心が動いたのがきっかけです。
BONCHI | 奈良市のコワーキング・レンタルスペース・創業支援施設<外部リンク> 住所:奈良県奈良市橋本町3-1 電話番号:0742-27-1111 |
奈良には、強い思いを持って移住を決めた人をみんなで応援する風土がある
―――金さんは、その時初めて「BONCHI」の存在をお知りになったのですね。
金さん:
そうなんです。それで中島さんと初めて出会い、これまでどこでどんな仕事をやっていたかなど、いろいろ話をしたところ、共有できる思いや経験がたくさんあって。移住に際して、仕事をどうするか?という問題はつきものです。私自身も当時のお取引先のほとんどが関東の企業さん。非常に悩んだ部分はありましたが、奈良に移住したい!という思いが先行して、まさに勢いに乗って行動に移しました。
中島さん:
僕らの他にも、よそから奈良に移住してきた人はたくさんいますが、そうやって強い思いを持って移住を決めた人がいたらみんなで応援する、という空気が奈良にはあります。周囲がこの人が奈良で暮らしていくために何か仕事を考えてあげなきゃいけないとか、そうやって仕事が生まれていくという事もありますね。
―――会社に就職することで仕事を得るのではなく、人のつながりの中で雇用が生まれていく、仕事が発生していくというイメージでしょうか。
金さん:
はい。奈良に移住してくる前は、自分からできること、やりたいことを考え、発信し、お仕事を成立させていく傾向はあったと思います。自分主導でみつけに行くという感じかもしれません。ですが奈良では、発見されるというか見つけてもらうという感覚があります。特に主張しなくても、日常生活の中でコミュニケーションを取っているうちに自分の経験やスキルなどを知ってもらい、何気ない会話の中で「あ、それなら僕できるよ」とか、「こういうこともできるんだったら、お願い」という感じで話がつながって、それが結果として仕事になり、周囲に好循環が生まれます。
中島さん:
金さんに関しては、もともとはこのBONCHIのお客さんで営業とかデジタルマーケティングが専門だと聞いていましたが、話をしてみたらとても人当たりが良く経験も豊富なので、この施設のコミュニティマネジメントをお願いできないかと相談して、いまでは仕事の一部として依頼しています。今もここを拠点に活動されているBONCHIの会員さんでもあるんですけれど、一緒に仕事をする事業仲間でもあるんです。
金さん:
いわゆるビジネスパートナーというより、お互いがそれぞれの事業を進めつつ、一緒にできることや依頼があれば仕事としてコラボレーションしている感覚ですね。
「BONCHI」が目指すのは、ワークライフ・リクリエーションハブ
―――お二人で、このBONCHIを拠点に奈良でビジネスのスモールスタートを考えている方々をこんな風に応援していけたらいいね、という話はされていますか。
中島さん:
このBONCHIの入っている建物はそもそも奈良市の所有なので、契約更新の度に向こう3年間のプロポーザルが必要になりますが、金さんにはそれを一緒に考えてもらったりもしています。
ここは創業支援施設ではありますが、単に働く場所を提供するとか起業する人たちだけに対して何か支援するという施設にはしたくないんです。働き方というのはその人の生き方の一部ですから、ここが働き方や生き方を考えるきっかけを生み出し、必要な情報をアップデートしたり、いろんな人と交流して刺激を受けられる場所にしていきたい、ということを二人でよく話しています。「ワークライフ・リクリエーション」とでも言えるでしょうか。
金さん:
事業や新しいことを始める時は、どうしても準備をしっかり整えてから「さあ始めます」という明確なスタートラインを引かなければと思いがちですが、必ずしもそうじゃなくていい。創業を支援する施設として、まずはもう少し気軽に日常の中から起業のアイデアを膨らませられるような、小さな仕掛けや機会を数多く用意したいと考えています。
コワーキングスペース(写真下)、オープンフロア(写真左上)、会議室、カフェ・ショップなど、1階から4階までフロアごとにさまざまな機能を持つ奈良市の創業支援施設「BONCHI(ぼんち)」。会員制からドロップインまで柔軟に利用方法が選べ、各種創業相談やイベントなども随時開催している。
―――人との繋がりの中で生まれたアイデアを、まずは小さな一歩として形にしてみる。その結果を見てまたその先の方向性を考える、ということですね。
金さん:
そうです。まずは思い付きのような小さなアイデアを相談してもらうという感覚でいいんです。それを一緒に育てていければと思います。自分の価値観をちょっと壊したり、固定観念を見直すようなイベントや機会も、どんどん創出していきたいですね。
奈良では「まずやってみよう!」と、精神的な余裕を維持しやすい
―――お二人はそれぞれ東京と神奈川での就業経験がありますが、起業する上で、大都市ではない奈良だからこその利点があれば教えてください。
中島さん:
まず、チャレンジする際にかかる初期費用が安く済みます。東京で同じことを始めようと思ったら、今は特に何もかもが高くつきますから。でも奈良だと「うまくいくかどうかわからないけど、まずはやってみよう!」という精神的な余裕を維持しやすい。加えて観光地でもあるので人材や情報が入ってきますし、人口が約35万人で多すぎず少なすぎず、まちとして仲間を作りやすい規模感なのもアドバンテージだと思いますね。
―――起業する上での奈良の魅力は、どのように感じていらっしゃいますか。
金さん:
以前は神奈川に住んでいたんですが、その頃の自分が属するコミュニティは「仕事」「子どもの幼稚園」「趣味や習い事」等、それぞれが単独のイメージで、各コミュニティの人同士が交わることはそこまで多くなかったです。
でも奈良に移ってからは、「BONCHI会員でありながら運営にも関わる」「会員の子ども同士が同じ幼稚園」「お仕事で出会った人の子ども同士が同じ小学校」「子どもの習い事の先生がBONCHIの会員」など、こういったことがよく起こります。
それぞれのコミュニティが独立しながらも一部重なり合っていて、1か所で築いた信頼関係がいろんなところに波及していきやすいと考えています。そのつながりは、奈良市に長くいればいるほど大切なものになりますし、さまざまな事に挑戦しやすくなるんじゃないでしょうか。
中島さん:
それに、まちづくりやコミュニティ作りに興味がある人が意外と多くいると感じます。東京はすでに都市として完成しているからまちづくりみたいな観点がそれほどないように思いますが、奈良の人はそれぞれがまちづくりへの思いを持っていて、そこから何らかのムーブメントが生まれてくる可能性を感じますね。
金さん:
ただ、こういうつながりが少し苦手と感じる人もいると思うんです。コミュニティや人の輪に入りたくなければ入らないという選択肢もある。そういう意味でも程よい人口規模なんじゃないでしょうか。奈良では人との関わり方を主体的に決められます。
いまだに、朝出かける時にちょっとした遠足気分になれる奈良
―――そうした奈良の風土に加え、自治体のサポートや企業との関係性というのはどうなのでしょうか。
中島さん:
奈良市の担当者はみなさんフレンドリーです。いわゆるお役所仕事と言われるような対応の自治体も多分山ほどあると思いますが、奈良市はちゃんと寄り添ってくれる印象です。だから他都市からも進出しやすいんじゃないかなと思います。
基本的に奈良の人はのんびりしていますし、時間の流れもゆったりとしています。ここ(BONCHI)で働いている人たちも、「奈良は、オンとオフが共存している感じがとてもいい」と言っていて。集中して仕事をして、ふとした息抜きに「じゃあちょっと歩いて猿沢へ行こうか」なんてことが日常的にできる。近くに池があったり、奈良公園があったり、なんだか鹿も歩いてる!みたいな、東京や大阪のオフィス街では考えられない環境がごく身近にあります。
金さん:
奈良に移住して1年ぐらい経ちましたけれど、いまだに朝出かける時に、ちょっと遠足に行くみたいな気分になりますね。なんだかとても楽しいです。
中島さん:
企画やクリエイティブな仕事を望む人たちにとっても、すごく良い環境なんじゃないでしょうか。新しく何かを生み出したい時に、こういうロケーションの方がゆとりを持って物事を考えられますし、新鮮な発想が生まれやすい。都市部よりも職住近接なので通勤にかける時間が少なくなり、会社からの帰宅時間が早くなり、自分の時間や家族との時間も確保できて、公私のバランスが整います。
奈良では、妻の実家に戻る「嫁ターン(Yターン)」も増えています
―――奈良で働く人にはUターンで戻ってくる方も多いと聞きますが、特にゆかりのないIターンでも受け入れ体制は大丈夫ですか?
中島さん:
そこにあまり壁は感じません。近頃Iターンの方も増えていますし、あと多いのがYターンですね。いわゆる妻の実家のある地域に移住して仕事を探し、そこで暮らすという「嫁ターン」です。ご主人は別にどこでも仕事できるからと、奥さんが奈良出身の場合、家族でこちらに戻られる方が増えているように感じます。奈良は子育て支援や暮らしのサポートも手厚く、環境面でも住みやすく便利ですからね。
<取材後記>
奈良市の創業支援施設で出会ったお二人の話は、地方での生き方や働き方に新たな視点を与えてくれるものでした。奈良市特有の温かい人々とのつながりやコミュニティの在り方、また働き方やゆったりした生活リズムが新たな可能性を開くことがうかがえます。都市部では味わえない生活の充実感は、多くの人にとってとても魅力的な選択肢となることでしょう。
取材日:令和5年12月
取材/撮影:世界文化社