ならのはるをめざす旅

ならのはるをめざす旅
【後編】

『月ヶ瀬健康茶園』

月ヶ瀬健康茶園

「お茶工場ではなく、
茶樹が、山の中にあるものとして存在していた」

三原さんと奈良市東部の縁を結ぶきっかけになった紅茶を作っているのが、『月ヶ瀬健康茶園』。月ヶ瀬は、奈良県の名産品・大和茶の生産地として知られており、森と同化するように茶畑が広がっている。
月ヶ瀬健康茶園を代表するお茶は、1984年から取り組んでいる有機栽培茶。動物質由来の肥料を使わず、畝間に敷いた草木の栄養源で育てている。さらに、肥料を与えない自然栽培では、月ヶ瀬の山間の森の中にぽつんぽつんと茶畑を点在させ、それぞれの土壌で茶樹が自らの生命力で育つことができる環境でお茶づくりをしている。代々受け継いできた茶畑に加えて、耕作放棄地を引き受けて再生させることにも熱心に取り組んでおり、今では月ヶ瀬地域内に約60ヵ所の茶畑を持っている。

三原さんと月ヶ瀬健康茶園代表の岩田文明さん

奈良市東部の旅2日目、月ヶ瀬を見渡す山の上の茶畑には雨が降っていた。森のにおいを吸った雨は、あまねく茶畑に降り注ぎ、雨粒をのせた茶葉がぷるんと輝いている。三原さんと月ヶ瀬健康茶園代表の岩田文明さんは、こんな茶葉のあいまを縫うように歩きながら、早朝の茶畑を見学した。

「日本のお茶の木で作られた紅茶が美味しくて、今まで飲んできた海外の紅茶と何が違うのか興味を持っていました。茶畑というと、お茶の木の工場のように整然と茶樹が並ぶようすが浮かぶけれど、今回、月ヶ瀬健康茶園の茶畑に行って、木が生き生きしていることに感動しました。お茶の木が、山の中にあるものとして存在しているんです。

日本のお茶
岩田文明さん

代表の岩田さんとお話したなかで印象に残ったのが、“より本質に近いお茶を探している”という言葉です。たとえば、有機肥料を使うと、その分だけ人の手の味がお茶に入ってくるそうです。月ヶ瀬健康茶園では、月ヶ瀬の大地と茶樹に向き合って、自然そのままの味を追求していました。実際にお茶を飲んでみると、複雑で繊細で、衝撃を受ける美味しさ。月ヶ瀬の山や土地の養分がすべてお茶に入っているんです。日常で飲むものが、こんなにも美味しいというのは幸せなことです。“ああ、美味しい!”と岩田さんに伝えたのですが、岩田さんご自身は淡々と作業をしていて、この感動をどこに持っていけばいいのかしら? と思いました(笑)。そんな岩田さんのお人柄も信頼できる方だと感じて、とても好ましかったです」

『月ヶ瀬健康茶園』

  • 住所:奈良県奈良市月ヶ瀬尾山1965
  • TEL:0743-92-0739

さとやま民泊『月ヶ瀬・森の茶論』

さとやま民泊『月ヶ瀬・森の茶論』

「料理に誠実に向き合えているか確かめるために、
旅から戻った日常の中で、
今回出会った人たちを思い浮かべると思う」

月ヶ瀬でさとやま民泊をしている猪飼さんご夫妻の家は、広い居間とキッチンが一つの空間になっていて、自然に人が集まる気のいい場所。家の周りは木々に囲まれていて、涼しい風と葉っぱの鳴る音が居間を通り抜ける。何もせずに、ただその場所にいることを楽しむ……旅先の宿でこんなに心からくつろぐ経験は、なかなか出来ない。日常の暮らしの中に入れてもらう、さとやま民泊の良さを感じた瞬間。旅の最後は、猪飼さんの家で三原さんの料理を堪能。今回の旅でお世話になった生産者の皆さんをゲストに招いて、三原さんが旅の道中で集めてきた食材をつかって、料理を振る舞うことになった。

「三原さんが旅の道中で集めてきた食材」

野菜

- 月ヶ瀬温泉ふれあい市場

野菜の直売だけでなく、月ヶ瀬名産のお茶や梅干し、そうめん・うどんなど、月ヶ瀬の多様な食材が揃う場所。都会ではなかなか見られない分厚い切り干し大根や、袋にぎっしり入った干椎茸、アツアツの厚揚げが湯気を立てている売り場は、料理好きにはたまらない場所。三原さんはここで、卵・きゅうり・厚揚げ・切干大根などを購入。

- 松田椎茸園

『松田椎茸園』の椎茸は、奈良市東部と三原さんを繋いだ食材。肉厚で、噛むとジュワっと濃厚なうまみが出てくる椎茸は、夏はハウス栽培、冬は露地栽培で作られる。松田椎茸園では、150種ある椎茸の種類から味の良い椎茸を選びとり、数よりも味にこだわった椎茸栽培を続けている。月ヶ瀬の森は原生林が多いため、原木が手に入りやすく、椎茸栽培に向いているという。

松田椎茸園
猪飼さんが田んぼと畑を持っていると聞いて、採れたての野菜を使わせてもらうことに。

猪飼さんが田んぼと畑を持っていると聞いて、採れたての野菜を使わせてもらうことに。ズッキーニ・きゅうり・モロヘイヤ・赤しそ・パプリカ・人参など、旬の夏野菜を必要な分だけ収穫させてもらう。畑の中で、ひときわ目立つピンク色の花がにんにくだと教えてもらってにおいを嗅いだら、きちんとにんにくの香りがする! 食べられる彩り用に、花も摘ませてもらう。

食べることは、食べ物を作るところから始まる

時には、食べることすら作業にしてしまいがちな現代の私たち。食べることは、食べ物を作るところから始まる、人の尊い営みなのだと、改めて気付かせてくれた“ならのはる”の旅。

「どの食材も新鮮で美味しいので、あまり調味料を使わずに食材の良さを生かす調理方法にしました。使い方を知らない材料もあって、知らないからこそ直感で組み合わせてみよう、という発想でレシピを考えています。食材を買ったときに、生産者の皆さんと交わした言葉や収穫したときの風景を思い出しながら、調理テクニックを出すというより、月ヶ瀬の食材と食べてくれる皆さんの媒介者になる感覚で作りました」

調味料を使わずに食材の良さを生かす調理方法に

『ならのはる』三原寛子さん献立

— ズッキーニと人参のギーマリネ

「ズッキーニと人参を細切りにして、ギーで炒めました。ギーは南アジアで古くから使われているバターオイルの一種で、無塩バターを煮詰めて水分と蛋白質を取り除いた乳脂肪です。ビタミン豊富な健康食品と言われています」

ズッキーニと人参のギーマリネ

— きゅうり、えごま、三つ葉、赤紫蘇の山椒炒め

「十六夜山荘の福岡さんの裏山で採ってきた三つ葉と、猪飼さんの庭に生えている赤紫蘇を合わせて山椒で炒めました。きゅうりは炒めても美味しいです」

きゅうり、えごま、三つ葉、赤紫蘇の山椒炒め

— 厚揚げとしいたけの豆豉ラー油

「ふれあい市場の厚揚げが本当に美味しそうでどうしても使いたくなった(笑)。松田椎茸園の椎茸と合わせて、猪飼さんが作っている燻製醤油で炒めました」

厚揚げとしいたけの豆豉ラー油

— 切り干し大根と鶏肉のカレー風味

「一羽分の鶏肉と切り干し大根を、スパイスで煮込みました。鶏肉の旨味が強く、乾物からも出汁がよく出るので、最低限のスパイスで仕上げています」

切り干し大根と鶏肉のカレー風味

— 鶏肉と紫大根の烏梅煮

「烏梅は酸味とクセが強いので、似た食感の食材と合わせたくて、紫大根と雅chick farmの鶏肉と一緒に煮物にしました。初めて烏梅を料理しましたが、他の食材と一緒に煮ていくと強い酸味がまろやかになって使いやすかったです。夏の暑い時期に、ぴったりの食材です」

鶏肉と紫大根の烏梅煮

— 茶葉と卵白の炒めもの

「月ヶ瀬健康茶園でお茶の新芽をいただいたので、茶葉の苦味を生かせる調理方法を考えました。茶葉と干しエビと卵白を炒めて、生姜とにんにくで味付けをした料理です。卵白の淡白な味わいと、茶葉の苦味がバランスよく混ざり合いました」

茶葉と卵白の炒めもの

— おかひじきのオムレツ

「ふれあい市場で買った卵は見るからに新鮮で、何度叩いても殻が硬くて割れないの(笑)。シャキシャキしたおかひじきの食感と、濃厚な卵の味を楽しむ料理です」

おかひじきのオムレツ

— そうめんチャンプルー

「締めにスパイシーなそうめんチャンプルーを作りました。猪飼さんの畑で収穫したジャンボにんにくは、玉ねぎとにんにくのあいの子のような味で使いやすかったです。彩りに、にんにくの花を散らしました」

そうめんチャンプルー
生産者の皆さんとの出会い

「今回の旅で、いろんな生産者さんと会うことができました。お会いして感じたのは、自分たちが本質的だと思うことを貫いて、誠実に行動しているということ。“ならのはる”で出会った皆さんはとてもシャイで、自分を大きく見せようとせず、多くの人に分かってもらおうともしていない。自分たちはただそこにいて、周りの自然と繋がりながら、野菜やお茶や烏梅や椎茸を作っている。体がコレだと選ぶものに従って行動していて、損得勘定や知名度に惑わされない、地に足をつけた営みがありました。
こんな生産者の皆さんとの出会いは、この旅が終わって東京の日常に戻っても、私の記憶にとどまっていると思う。自分の仕事に誠実に向き合えているのか、使っている食材はどこから来るのか、そんなことを考えるときに、ふと彼らを思い出す。私の中にずっと持っておきたい座標になる人たちに出会えた旅でした」

『月ヶ瀬・森の茶論』

  • 住所:奈良県奈良市月ヶ瀬尾山896-1
  • TEL:090-1860-2086

『月ヶ瀬温泉ふれあい市場』

  • 住所:奈良県奈良市月ヶ瀬尾山2681
  • 定休日:火曜日(ただし、祝日の場合は営業)
  • 営業時間:午前9時〜午後5時

『松田椎茸園』

  • 住所:奈良県奈良市月ヶ瀬尾山212
  • アクセス:名阪国道 治田ICより約7分

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