ならのはるをめざす旅

ならのはるをめざす旅

料理ユニット『南風食堂』を主宰している三原寛子さん。味・食感・色・空間など五感で食の魅力を伝える企画提案のほか、メディアでの料理紹介、店舗のフードディレクションや食イベントなどを手がけ、国内外を行き来する生活をおくっている。
そんな三原さんが奈良市の東部に目を向けたきっかけは、奈良市北東端の山間地域・月ヶ瀬の“椎茸”。噛むとぎゅっとした歯ごたえがあり、濃いうまみが口いっぱいに広がる椎茸を友人にもらったところから、奈良市東部との縁ができたという。

「一緒に食のイベントをやっている友だちが、月ヶ瀬の椎茸園で働いていたご縁で、そこの椎茸を食べたんです。それがすごく美味しかった。その後、月ヶ瀬産の紅茶をもらって、日本で育つ紅茶は温かい風味があって美味しいなと感動したんです。椎茸と紅茶、どちらも月ヶ瀬産であることに興味を持って調べていくうちに、月ヶ瀬は烏梅(うばい)の産地だと知りました。烏梅は梅に炭をまぶして焼いてから乾燥させるもので、漢方にも使われています。私は中医薬膳師の資格を持っていて、梅や炭の効能を知りたいと思っていたところでした。自分の興味のあることが、奈良市東部に集まっていることを知って、これはもう行かなくては! という気持ちになりました」

奈良市の北東端にある月ヶ瀬地域は、中心に五月川が流れ、春には梅の花が川面をピンク色に染める美しい場所。この月ヶ瀬の梅林は、大正11年に史跡名勝天然記念物保存法の第1号認定を受けた歴史ある日本の名勝地。月ヶ瀬の森と川と人々がこの地域を、梅林や茶畑を包み込む豊かな食の産地へと発展させた。三原さんは、奈良市東部“ならのはる”へ向かった。

三原 寛子

三原 寛子 Hiroko Mihara 料理研究家 Culinary Researcher

料理研究家。料理ユニット「南風食堂」主宰。
雑誌やWEBでの料理制作、アーユルヴェーダの料理教室、「箱根山学校」「CASICA」など
店舗の料理監修や商品開発を行う。著作に『南風食堂のwhole cooking』『乾物の本』など。
http://www.nanpushokudo.com/

大和高原野菜『布目まごころ市』

大和高原野菜『布目まごころ市』

「農家のおばあちゃんたちが、レシピを教えてくれるの。
仲のいい女子高生の気分になって(笑)、ずっとここにいたいって思った」

三原さんは、朝いちばんに『布目まごころ市』を訪れた。
『布目まごころ市』は、山添村にある野菜の直売所。背後には鬱蒼と茂る森、目の前は布目川という立地で、大きな自然の中に立つ休憩所のような雰囲気がある。近所の農家のおばあちゃんたちが直売所に持ち込むのは、奈良市東部の豊かな自然で育ったみずみずしい野菜たち。飲食店を営む料理人も買いにくるほどの品揃えだが、売り場はいたってゆるやか。おばあちゃんたちは、気さくに自分で作って美味しかった野菜のレシピを教えてくれる。 “作り手が見えるものづくり”が見直されつつあるけれど、ここでは当たり前に、作り手と買い手の手渡しがあった。

野菜

ちょうど季節をむかえた山椒の実は、その日の朝の採れたてだという。欲しいけれどこんなにたくさん使えるかな……?と 悩む三原さんに
「茹でて冷凍しておけば1年間は保存できるのよ」と、
生産者のおばあちゃんが教えてくれた。
次々に野菜を手にとって、知らない野菜について調理方法を聞いていく。三原さんとおばあちゃんたちは、食べ物を通じてあっという間に仲良くなっていた。

「みんなで手作りしたような小屋で野菜を売っている市場なので、気をつけないと通り過ぎてしまうような場所です。野菜を売りにくるおばあちゃんたちは、太陽が昇るころに起きて野菜を収穫して、ここに集まって、わいわいと話しながら野菜を売っている。畑や野菜からエネルギーをもらって、市場の仲間やお客さんとのコミュニケーションからパワーをもらって、元気に野菜をつくる……こんなポジティブな輪がうまく回っていると感じました。この市場では、野菜の美味しい食べかたを仲間やお客さんに共有して、お客さんが提案するレシピにも耳を傾けている。おばあちゃんたちが作り出すオープンな雰囲気が好きです。この市場が近所にあったら、私は毎日通うと思う」

大和高原野菜『布目まごころ市』

  • 住所:奈良県山辺郡山添村桐山
  • 営業日:土・日曜日
  • 営業時間:午前7時30分〜午前11時30分
市場の仲間やお客さんとのコミュニケーションからパワーをもらう

雅chick farm

雅chick farm

「生産者の凛とした佇まいを見て、
この人が作る鶏肉は、きっと美味しいと思った」

低い山々に囲まれるように建つ養鶏場に足を踏み入れたら、すぐ近くでウグイスが鳴きはじめた。
奈良市阪原町にある『雅chick farm』は、奈良県が認定するブランド地鶏『大和肉鶏』を生産・販売している鶏肉生産者。通常の国産若鶏(ブロイラー)の飼育期間が50日前後のところ、雅chick farmでは130日以上の時間をかけて、健康な鶏を育てている。ここの鶏肉は、肉は柔らかいものが美味しいという価値観をくつがえす歯ごたえがあり、ぎゅっと詰まったうまみは、“生き物をいただいている”という実感を得られる。生産者が近くにいて、作るものへの思いを身近に感じられる地域では、“人は生き物を食べて生きている”という事実が、当たり前に目の前にあった。三原さんは、雅chick farm代表の中家雅人さんと一緒に、養鶏場※1を見て回った。

野菜

「まず、中家さんが鶏を見せてくれました。すごく立派で美しい、姿かたちのかっこいいエネルギッシュな鶏です。中家さんはポーカーフェイスで、すうっと鶏を持ち上げながら、毎朝4時に起きて、出荷する分の鶏を自らしめていると話してくれました。中家さんは、もともと大手の電機会社で働いていたけれど、東日本大震災をきっかけに、食料を自分で作り出す一次産業に関わりたいと思って養鶏を勉強しはじめたそうです。そういう覚悟が、鶏を扱う佇まいにも表れていて、この人が育てた鶏はきっと美味しいと思いました。もともと私は市販されている鶏肉に疑問を持っていて、鶏やイノシシなどの肉は、丸ごと手に入れて少しずつ食べていくほうが美味しいと思っているので、良い鶏肉の生産者さんと出会えたご縁を、この先も大切にしていきたいです」
※1通常は養鶏場の見学を行っていません。

雅chick farm

  • 住所:奈良県奈良市阪原町2434
  • 休業日:水・日曜日、年末年始
  • 営業時間:午前10時〜午後5時

烏梅製造『梅古庵』

烏梅

「念願が叶って、
烏梅づくりを見ることができました」

約1400年前、遣隋使・遣唐使によって薬用として伝えられた烏梅。日本では主に、紅花染めや化粧用紅の媒染料として使われていた。明治時代の月ヶ瀬には烏梅製造をする家が400戸あったというが、化学染料の普及で烏梅の需要が減り、現在は日本で唯一となった烏梅職人・中西喜久さんが、昔と同じ方法で烏梅を作り続けている。

烏梅はすべて手作業で作られる

烏梅はすべて手作業で作られる。月ヶ瀬で採れた梅に水をかけながら煤をまぶし、真っ黒になった梅を筵に敷き詰めて、60〜70度で24時間蒸し焼きにした後に1ヶ月ほど天日干しをする。中西さんの流れるような動きには無駄がなく、1400年前から次の世代へ引き継ぐ間に洗練されてきた手作業の美しさに感動する。

月ヶ瀬は山が多く米作りに適さない土地が多いため、烏梅は村民の貴重な収入源だったという。そして今、烏梅用に植えられた梅の木は、月ヶ瀬の大切な観光資源になっている。自分たちを取り囲む自然を受け入れ、活用し、共に生きてきた月ヶ瀬の人たち。烏梅には、自然と共に生きる人の知恵が詰まっていた。

「私は、北京大学で薬膳の勉強をしていました。薬膳に使う生薬は中国発祥のもので、それを日本の生活にどう落とし込んでいくのか考えていたんです。梅と炭焼きは体によくて、その両方が合わさった烏梅というものが奈良市東部にあるという。しかも全て手作りをしていると知って、どうしても実際に作るところを見てみたかった。今回の旅で、その念願が叶いました。
鍋や釜についた煤を梅にまぶす作業から見学したのですが、そこで使われている民具がすごく格好よかった。作業場だけ見たら、江戸時代と言われても信じるくらいに、現代のものが何もない空間でした。後醍醐天皇のころから受け継がれてきた烏梅づくりを、今は中西さんご家族が引き継いでいるのですが、作り方にオリジナリティを足すという発想なんて持っていないんです。ずっと同じことを続けていることが素晴らしいし、そこに、日本で一軒だけになっても烏梅づくりを続けていく、覚悟と強さを感じました」

国選定保存技術 烏梅製造元『梅古庵』

  • 住所:奈良県奈良市月ヶ瀬尾山2263
  • 2月上旬〜3月末は実店舗がオープン。
  • 食事処があり、天然山菜を使った鍋料理やうどん、自家栽培米を使った料理も食べられる。
自然と共に生きる人の知恵が詰まった烏梅

農家民宿『十六夜山荘』

農家民宿『十六夜山荘』

「お孫さんが10人いるチャーミングな女性。
お母さんに習っている気分で、料理の勉強ができました」

旅の1日目の夕食は、奈良市丹生町で農家民宿『十六夜山荘』を切り盛りする福岡美代子さんの手料理。三原さんも手伝って、奈良県産の食材を使った料理を次々に作っていく。
朝一番の直売所には、温かいこんにゃくが売っていて絶品だということ。スーパーでは1年中売っているトマトも、初夏の直売所ではまだ出てこないこと。同じ玉ねぎでも各家庭に好みの味があって、生産者の名前で見分けることなど、てきぱきと料理をしながら奈良市東部の食の豊かさを教えてくれる。その土地の旬の食材を使った料理は、旅行者にとって何よりも嬉しいおもてなしだと知った夜。

囲炉裏にかけた溶岩石で焼くシンプルな調理方法

「福岡さんにはお孫さんが10人いて、料理をしていると子どもたちが部活の試合の結果を報告しにくるんです。本当に親戚の家にいるみたいで(笑)、楽しかった。鶏肉と野菜の煮物に緑の彩りが欲しいなって呟いたら、すぐにハサミを持って、庭に山椒の葉を摘みに行ってるの(笑)。私が慌ててついていくと、ついでに裏山で三つ葉を採りましょうって言いながら、どんどん山の中に入っていく。好奇心とバイタリティがあるチャーミングな女性で、とにかく楽しそうに料理をする姿が勉強になりました。グラタンや豆腐ハンバーグなど、一般家庭で食べられる料理にも一工夫があって、全部がとても美味しい。お昼に見学した雅chick farmの鶏肉は、囲炉裏にかけた溶岩石で焼くシンプルな調理方法で、料理の手のかけかたのバランスに気が利いているなと感じました」

農家民宿『十六夜山荘』

  • 住所:奈良県奈良市丹生市1400
  • アクセス:名阪国道針インターチェンジから国道369号を北上し県道172号で丹生町へ約15分
  • 国道163号線、笠置大橋を渡り府道4号線を南へ、県道172号で丹生町へ約15分
  • 奈良市内から県道80号へ、水間の交差点を越え、国道369号へ左折後、県道172号で丹生町へ約15分