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奈良しみんだより平成29年3月号(テキスト版)2~6ページ 特集:進化する福祉

更新日:2019年11月7日更新 印刷ページ表示

福祉の新しいカタチ

今から45年前の昭和47年。日本が高度経済成長により豊かになっている中で、奈良市では福祉都市宣言と福祉憲章を宣明。全国に先駆けて福祉の手帳を発行する等、いち早く福祉政策に取り組み始めました。
当時、奈良市の高齢者は18,290人。市民の約14人に1人でしたが、現在は高齢者が105,297人となり、約3.5人に1人と、その数、割合ともに大きく変わっています※1。そして、約20年後の日本は2人に1人が高齢者という超高齢社会が訪れるといわれています。
また、障害者手帳の所持者も当時と比較して身体障がい者は約5倍、知的障がい者については約10倍になる等、福祉は新しいカタチへと転換を迫られています。
今月号では、奈良市で先進的な取組を行っている団体、高齢者の見守り活動を行う民生委員や福祉政策を紹介します。

※1 高齢者=65歳以上の人。奈良市民は約36万人(平成29年2月1日現在)

カタチ1 アート×デザイン×ビジネス 自分たちで、考え稼ぐ

時代を切り拓く芸術団体

六条西三丁目にある障害者就労施設「たんぽぽの家」。今では一般的になり始めた障がい者アートを40年も前から始め、日本の障害者就労施設の先駆け的存在であり、現在も最先端を走り続ける団体です。ここでは、障がいのある人たちが個性をいかしながら、さまざまな創作活動をしています。
絵を描くスタジオ1,手織りをするスタジオ2,陶芸をするスタジオ3。障がいがある人は仕事に自分を合わせることが難しいから、仕事を自分に合わせる。自分ができること、したいことをアートとして表現し、作品を販売したり、コップや皿、ストラップ等にデザインして、販売をしています。
また、企業とのコラボレーションも積極的に行い、その報酬は作者の生活費にあてられます。その取組は国内だけでなく、海外からも視察が来るほど注目を集めています。
行政に頼るのではなく、自分たちで仕事をつくり、暮らしていく。新しい障がい者福祉のカタチです。

一般財団法人「たんぽぽの家」

(六条西三丁目 電話番号:0742・43・7055)

アートプロジェクトを中心に、障がいのある人たちの生きる場所づくりに取り組む市民団体。その芸術作品は、美術業界や一般企業にも注目され、全国各地へと広がっている。

  • 昭和48年:体の不自由な子どもたちが養護学校を卒業した後も生きがいを持って生活できる場をつくろうと「奈良たんぽぽの会」を結成
  • 昭和51年:「財団法人たんぽぽの家」設立認可。障がいのある人の詩にメロディをのせて歌う「第1回わたぼうし音楽祭」を開催
  • 平成7年:障がい者アートの価値を捉え直す市民芸術活動「エイブル・アート・ムーブメント」始動。「エイブル・アート・フェスティバル’95」を開催し、5千人が来場
  • 平成16年:ギャラリー、カフェ&ショップ等を併設した制作スタジオ「アートセンターHANA」を開設
  • 平成24年:障がいのある人とつくる新しい働き方「GoodJob!プロジェクト」を始動。展覧会「GoodJob!」を開催し、障がいのある人の表現を活用した作品を紹介

Interview「たんぽぽの家」理事長播磨靖夫さん

多様なものを引き受ける社会を創る

居場所がない

私は元々新聞記者をしていたのですが、重度の障がいがある人たちのキャンプをボランティアで運営する方に話を聞くことがありました。当時は高度経済成長の頃で、ものすごい勢いで日本は豊かになっていたにも関わらず、救われていない人がいることに気がつきました。そこで、身体、知的、精神、いろいろな障がいについて、約1年間かけて新聞紙面で特集をしました。その中で浮き彫りになった課題の一つは「養護学校を卒業した後に行くところがない」ということでした。
そこで、奈良市の「みどりの家」を拠点に、障がいのある子どもの親や養護学校の先生、多くの専門家も集まって相談し、運動を始めました。私も勤めていた新聞社を退職し、フリージャーナリストとなり、市民運動として障がいのある人たちの生きる場「たんぽぽの家」を作ることになりました。

詩をメロディーに乗せて

運動を大きく広げるために考えたのが、障がいのある人が書いた詩にメロディーをつけてコンサートをすることでした。それが「わたぼうし音楽祭」です。無名のアマチュアのコンサートでしたが、多くの人が来てくれて、翌年からは全国的な音楽祭になりました。今年で42年になりますが、これまでこの文化を守ってきたのが奈良市の誇りだと私は思っています。

絵に感じた大きな可能性

市民運動を始めた当時に知り合った現代美術の評論家の方が、知的障がい者の施設で絵画教室をやっていると聞いて驚きました。「知的障がいを持つ人が絵を描けるのか!」と。実際に見てみて、独特の存在感があり、これはすごい可能性があるかもしれないと思い、たんぽぽの家で障がい者アートを始めました。

収入を上げる

障がいのある人にとって、収入が低いことは大きな課題です。それを解決するために、たんぽぽの家「アートセンターHANA」ではアーティストを育成しています。作品の販売や企業とのコラボレーションなどを積極的に行い、収益を上げています。現在では日本国内だけでなく海外からも視察に来るほど知名度も上がりました。

何もないから工夫する

他の施設の人から「うちの地方は何もなくて」という相談を受けることがありますが、それは奈良も同じです。「行政に頼みに行ったら良い」と考えるのではなく、「自分たちでやるしかない」という考えで、企業とコラボレーションをする等、積極的に社会と関わることが大事だと考えています。

不快な他者とどう向き合うか

現在の社会にはさまざまな問題がありますが、特に「アメニティー社会」が私は問題だと思っています。快適で清潔で便利な社会に進んでいってしまうと、障がい者や高齢者、子どもはみんな排除されてしまいます。だから「不快な他者」とどう向き合うかというのが現代のテーマの一つです。障がい者だけじゃなく、高齢者、外国人、LGBT、多様なものを不快だと思わずに、それを引き受ける社会を創っていく。それが「たんぽぽの家」の大きな目標になっています。

芸術文化の力

芸術文化の力は「個は違っていい」と認識させてくれる。と言っても、美術館で大規模なイベントをやってるとか、有名な人を呼んですごい音楽とか芝居をやるとか、そういうことではありません。日常的に生活している人たちが、市民が、文化を通じてつながりを創っていく、そして社会を形成していくというのが大事だと思います。

播磨靖夫

昭和17年生まれ、奈良市在住。新聞記者として勤めた後、昭和48年に「たんぽぽの家づくり運動」を開始。芸術文化活動を通し、生きがいをもって生活できる、障がいのある人の拠点づくりを行う。昭和55年から財団法人たんぽぽの家理事長(現職)。平成21年度芸術選奨文部科学大臣賞(芸術振興部門)を受賞。

カタチ2 民間企業×市役所垣根を越えた見守り

奈良市安心・安全“なら”見守りネットワーク事業

平成28年7月に奈良市は新聞販売所や宅配事業所など、市内の事業者26社と協定を結びました。その内容は、事業者が日頃の業務を行っている中で、独り暮らしの高齢者など支援が必要な人を見守ることと、異変があった際は市に連絡するという協力体制です。現在、市内約16万世帯のうち、8世帯に1世帯にあたる2万世帯以上が70歳以上の独り暮らし世帯となっています。独り暮らしの場合、何かがあっても連絡ができないため、発見が遅れる場合があります。そういったことを未然に防ぐため、行政と民間企業が連携して、安心して暮らせる奈良市をめざしています。

〈見守りの流れ協力事業者〉

協力事業者の日常業務で、気になる人(世帯)を発見した場合、対象者の情報と気づいた内容について市に連絡

協力事業者:「最近、ずっと不在だな。」
市福祉政策課:「わかりました。関係機関に連絡します。」

市が地域包括支援センター等、各関係機関と連携し、対象者宅を調査

関係機関:「わかりました。確認してみます。」

対応後、市が協力事業者へ対応内容について報告

市福祉政策課:「入院していたとのことです。」
協力事業者:「安心しました。」

現在27社と提携し、見守りを続けています。

協力事業者の業種は水道、電気、ガス、新聞配達、清掃事業、宅配事業、薬局など多種多様。写真は平成28年7月12日に行った市と各事業者の協定式の様子

Interview「すぐに連絡できる安心」協力事業者奈良ヤクルト販売小西さん

ある高齢のお客様のお宅に商品を配達した際に、何日分も新聞が溜まっていました。何かあったのではないかと不安に思い、すぐに市の福祉政策課に連絡しました。市からすぐにお客様のお子さんに連絡をしたそうです。すると、「急に入院することになりましたが、今は大丈夫です。ありがとうございます」とのこと。日々の見守りに感謝の言葉をいただきました。これまでは、こういったことがあっても、どこに連絡すればいいのか迷うことが多かったのですが、すぐに動くことができ、安心して見守りをすることができています。
問合せ 福祉政策課(電話番号:0742-34-5196)

カタチ3 民生委員×若い世代変わる地域の見守り

民生委員は住民の見守り役、身近な相談相手、専門機関へのつなぎ役として、大正6年にできた100年の伝統ある制度です。無報酬のボランティアとして、現在奈良市では約750人が活動していますが、民生委員を取り巻く環境は大きく変化しています。40年前に比べ、民生委員の数は約2倍となりましたが、市内の高齢者数は約4倍となり、民生委員1人当たりが見守る高齢者数も約2倍に増えています。そんな中、仕事と両立しながら活動を続ける若い世代の民生委員の活躍も目立ち始めました。地域の見守りが今、新しいカタチへと変化を始めています。

Interview 20代で民生委員に。10年以上、大安寺地区を見守り続ける。

森本勝也(41歳)大安寺地区を担当する民生委員。平成16年、29歳のときに民生委員に委嘱される。現在、13年目。

民生委員になったきっかけは、地元の大安寺地区の自治会長や役員の方々から依頼されたことです。それまでは民生委員がどんな存在かも知りませんでした。いざ活動を始めてみると地域の見守りや研修、勉強会など、当初考えていたことよりたくさんあり驚きました。
仕事はもちろん、春日中学校のPTA会長など社会活動も多く、時間の捻出が難しい部分もあります。例えば独り暮らしの高齢者のお宅にうかがう、毎月一回の給食サービスや、救急医療情報キットの配布などがあります。その際に生活の様子も見て回るのですが、件数が多い中、限られた時間で回らなければならないのが大変です。
一方で、若くして民生委員をしているからこその嬉しいこともあります。それは、高齢の方が私を自分の息子や孫のように感じ、色々なお話が聞けることです。ときには何時間も話が弾むこともあります(笑)。
これまで地域の見守りは仕事を引退した人などが多かったですが、社会の高齢化が進んでいることから、これからは若い責任世代がその役を担う時代であると感じています。これからも「地域のためにできること」を模索しながら、若い人たちも積極的に地域活動に参画していただきたいと願います。

問合せ 地域福祉課(電話番号:0742-34-4994)(民生委員一覧は18ページに掲載)

日本の福祉発祥の地

奈良東大寺別当狹川普文

師狹川普文師昭和26年生まれ。東大寺執事長、同寺福祉事業団理事長など歴任。平成28年5月から同寺別当を務める。

現存する記録によると、日本の福祉の発祥は、聖武天皇の后である光明皇后が730年に設置した施薬院だと言われています。施薬院は病人に薬を施し、病を治療する施設でした。また、記述にはありませんが、同時期に悲田院(貧窮や孤独な人を収容する施設)も設立されたようです。この2つの施設の設置には、国費だけでなく、光明皇后の私費が多く投入されたと言われています。
それまでの医療福祉は、限られた貴族だけのものでした。それを民に解放したのが、聖武天皇と光明皇后です。当時は、飢饉や天然痘の流行、有力者の勢力争いで多くの人が亡くなっていた時代です。その中で「責めは我一人にあり(国民が苦しいのは自分の責任である)」とした聖武天皇に福祉の心を見ることができます。
現代に目を向けてみると、自分のことしか考えない人が増えているのではないでしょうか。
福祉の心に、難しいことは必要ありません。「隣の人に元気がないけど、どうしたのかな?」そういったことを考えることが大事なのです。そして、周りの人を助けるには、自分がまず健康でいることが大切です。
一番大事なのは、大義名分の前にまず、自分がどうすればいいのかということ。「聞くこと。思うこと。行動すること」それを大事にしてほしいと思います。

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