月ヶ瀬の文化財について

【国指定文化財】

1.

名勝月瀬梅林 ・・・もともと梅樹は烏梅製造のために植えられたもので、18世紀の後半には梅林が広がり、数多くの文人墨客の来遊により、天下にその名を馳せました。
 

2.

菊家家住宅 ・・・菊家家は、月ヶ瀬に残る数軒の旧家の中でも代表的なもので、江戸時代中期に建てられた入母屋造り茅葺の民家。昭和43年、国の重要文化財に指定されています。内部は、「ざしき」「しものま」「なんど」と呼ばれる三間取り形式から成っており、当時の暮らしぶりがうかがえます。 菊家家住宅


【県指定文化財】

1. 尾山代遺跡・・・昭和60年、大和高原パイロット事業の耕地造成中に発見され、その後発掘されました。奈良時代前半から平安時代中期にかけての竪穴式住居跡で、主な遺構は竪穴式住居、掘立柱建物、土壙、柱穴、柱列など、当時の庶民の暮らしを知る貴重な遺跡となっています。 尾山代遺跡
2. 石打城址・・・伊賀地方に多く見られる中世の土豪が築いた城として、本郭や大手口、土塁、堀切、空堀等の遺構が残っています。



【県指定無形文化財】

 

1. 奈良晒・・・裃や夏衣に用いられた奈良晒。西洋文化におされた衰退期には、月ヶ瀬は独自の「石打縞」を世に送り、技の継承を果たしました。現在は保存会で伝承教室の開催や、製品販売などを行っています。 奈良晒
2. 烏梅の製造・・・「烏梅」は、中国からその製法が伝わってきたもので、製品は紅染の媒介剤として使われ、月ヶ瀬では15世紀頃からつくられ京へ送られた。今日では、中西氏が唯一往時の烏梅づくりの製法技術を守り続けています。 烏梅の製造


【市指定文化財】

1. 大地震難渋日記・・・嘉永7年(1845年)、石打村庄屋六兵衛によって記されたもので、大地震の様子を事細かに描写した体験記録です。
 
2. 梅の巨樹(桃仙の梅)・・・樹齢600年以上といわれるこの古木は、月ヶ瀬の梅の起源の古さを推測できるものとして貴重です。



【旧月ヶ瀬村指定文化財】

 

1. 弥勒石仏・・・茶畑のはずれに、ポツンとたたずむ石の仏。風雪に磨かれた表情は、約750年の歳月を物語っているようで、「のど地蔵」として親しまれています。 弥勒石仏
2. 日待講板碑・・・石打地区の阿弥陀寺境内にある日待講板碑。銘には奈良県で最古の寛永5年の文字。日本でも4番目の古さで江戸時代の庶民信仰を今に伝えています。
 
3. 頼山陽詩碑・・・詩、書にも優れた儒学者で、史家の頼山陽が、天保2年(1831年)、念願の観梅を果たし、「月瀬は梅花世界」と讃えました。来訪を記念した詩碑は月ヶ瀬湖に水没してしまいまいたが、観光会館に拓本が残っており、その後、再び尾山天神神社横に建立されています。
 
4. 富岡鉄斎詩碑・・・南画家の富岡鉄斎は度々月ヶ瀬を訪れており、名画「月瀬図巻」は明治時代の月ヶ瀬梅渓の姿を今に伝える大作といわれています。また、梅林の保護育成に努めていた月ヶ瀬保勝会や村人との親交も知られています。

日待講板碑

頼 山陽

富岡 鉄斎


【旧月ヶ瀬村指定無形文化財】

1. 石打太鼓踊り・・・江戸時代末期、伊賀と大和東部山間地方に流行した雨乞いの祈願の踊りで、毎年氏子により秋祭りで継承されています。

石打太鼓踊り

石打太鼓踊り

石打太鼓踊り

2. 尾山万歳・・・三河万歳の流れをくむもので、尾山地区に伝わり、地域の人々に親しまれています。万歳は太夫が中、才蔵がその左右にすわり謡うことから始まり、太夫が扇を広げて舞いだすと才蔵が鼓を打ち、掛け合いで祝い事を述べながら舞います。

尾山万歳

3. 桃香野の能楽・・・八幡神社の例祭として、古式ゆかしいお渡り行列と祭典が行われ、地元の保存会が能楽(翁・仕舞・子供狂言)を豊作や村人の平穏を祈願して奉納されます。

桃香野の能楽

桃香野の能楽

桃香野の能楽

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月ヶ瀬行政センター 地域振興課
電話番号:0743-92-0131
Fax番号:0743-92-0320

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